■ある女編 その4
計画は周到に練られた。
刃物、ロープ、軍手のほか、使うものはすべて町外のバラバラな場所から調達した。
むろん、万引きである。
購入してはどこから足がつくかわからない。
もしこの時点で盗みがばれても、最悪万引きという程度で終わるだけの話だ。
次に男の子との接触。
最近は一緒にいることもほとんどないので、疑われることもないだろう。
あとは、どのように偶然を装って出会うか?
この一点に絞られたが、その日は女の中ではすでに決めていた。
そう、次に男の子がいじめられた日である。
そうすれば、犯行は自然イジメっ子たちに向かざるを得ないだろう。
捜査をかく乱する、いい隠れ蓑となると考えたからだ。
計画を考えるのは楽しかった。
『これから初めて人間を殺す』
女は興奮して眠れないこともたびたびあった。
そうして、ついに実行の日が訪れた。
帰り際、校門を出たところで男の子が袋叩きにあっていた。
通行人はみな、見て見ぬふりをしている。
その後をそっとつけていった。
カバンの中には、いつでも対応できるように道具は仕込んである。
まもなくすると、イジメっ子たちと男の子は寺の裏側にある雑木林の中へと消えていった。
女は木陰から、そっと様子を盗み見ている。
男の子は全裸に剥かれ、蹴られ、ののしられているが抵抗はしない。
いつもどおりのニヤケ顔で、やられるがままだ。
「よし、お前コイツのチンポ舐めろ」
イジメっ子のボスが、グループの中でも一番下っ端の男をさしてそう命令を下した。
いわれた男の子は驚いた。
「え~! 冗談じゃねぇよ!」
強がってはいるが、所詮は下っ端。
声を上げるが、手出しするには至らない。
「ほら、早くやれよ! コイツのチンポを舐めるんだよ」
いうなり、男の子を蹴飛ばして発破をかけた。
男の子は、下っ端のイジメっ子に近づいていった。
それに抵抗する下っ端。
「くるな! 殺すぞ!」
恫喝され、どうしようかと思案に暮れる男の子。
「早くしろ!」
回りからまくし立てられるので、しかたがなく下っ端を追いかける男の子。
逃げる下っ端。
回りのイジメっ子たちはそれを見て笑っている。
「さて、もう帰るとするか」
イジメ飽きたのか、イジメっ子のボスは家来どもに帰宅を命じた。
「今度はもっと金持ってこいよ。でないと、次は殺すからな」
「うん。わかりました」
悲惨さを理解できない男の子は、ただただ従順である。
その場に一人取り残された男の子。
ボーっと突っ立っている。
女は近づいた。
普段は流れるままにしている黒髪の長髪だが、現場に髪の毛一本落とさないようにと注意を払ってしっかりと結び、指紋が残らないよう軍手も着用した。
そして服装も女子用の制服ではなく、男子用の学ランを着用。
服を掴まれるなどして、なんらかの証拠が残ることになった時、衣服の素材から女用であることがバレないとも限らない。
これを盗むのが一番骨が折れたし、そこまでする必要があるのかという疑問も頭をもたげたが、今時の科学捜査の精度は馬鹿には出来ないし、なによりもそんなことを含めてのプロセスが楽しい。
手首や足首などの肌も極力露出しないように心がけ、顔もバンダナでぐるぐる巻にしている。
体を触れられた拍子で血が流れたり、DNA鑑定の対象となるものを残さないためだ。
しばらくすると、女の存在に気がついた男の子は、明るく挨拶をした。
「あれ、どうしたの?」
裸のまま、殴られて鼻血を出した顔に笑顔を作りつつ、男の子は話しかけてきた。
「大丈夫だった?」
女は話しかけつつ、男の子の体を見た。
アザ、傷、タバコの火を押し付けられたような跡。
イジメの痕跡がこれでもかというほど、体中に残されていた。
「あなた、こんなことされて平気なの?」
女は聞いた。さらに続ける。
「死にたくはならないの?」
男の子は女の言うことが理解できない。
ただただ、にやけているだけだった。
イジメから解放するとかいった、大義名分などはない。
女の動機は純粋なまでの殺人欲だった。
ひょっとしたら、同情心などが芽生えて躊躇するものかと思ったが、あっけないほどにことは実行された。
カバンから包丁を取り出して、そのままためらいもなく男の子の胸に刺し込んだ。
かつてない、硬い感触。
そこから、小動物との違いを感じ取った。
そう、手応えを。
刺されながらも、困惑する男の子。
「えっ? あれ、あれ?」
女は何度も突き刺した。
胸、腹、頭……しかし、なかなか死なない。
「痛い、痛いよ……」
血まみれになりながらも女に助けを求めるようにすがり付いてくる男の子。
女はただただ、刺し続けた。
まもなくして絶命。
男の子は女が来ている学ランの襟をきつくつかんだまま死に絶えた。
その指を離そうとしても、なかなか離れない。
また、女の様子も普段動物を殺していたときとは明らかに異なるものだった。
初めての人殺しの体験におかしな興奮と緊張、そして虫や動物を殺したときには感じなかった罪の意識。
なぜか歯がカチカチと震えて、かみ合わない。
小便も少しだけ漏らしていた。
『私は恐怖しているのか? それとも興奮しているのか?』
歯の根が合わず、力も入らない。
どうにかして男の子の死体をよけ、血まみれになった服を新しいものに着替えて道具一式を血が滴らないようにビニール袋に包んでからカバンにしまいこみ、振り向くことなく現場を後にした。
夕飯の時間になっても帰宅しないことで男の子の家では大騒ぎとなり、その日の晩から捜査は始められた。
まもなくして死体は発見され、町はもちろん学校中でも大騒ぎとなった。
ことにイジメっ子たちのあわてぶりたるや、ただ事ではなかった。
「や、やったのは俺じゃねぇぞ!」
あちこちに吹聴して回っていたが、容疑をかけられ警察への出頭を命じられた。
「俺じゃねぇよぉ!」
半べそになりながらも、無実を主張するイジメっ子たち。
その姿を見て、威張られていた生徒たちを中心に蔑み、嘲笑された。
結局、その後証拠不十分となり、シロとみなされ無実の罪を着せられることはなかったものの、イジメが発覚したことにより学校から処分されることとなった。
しかし、イジメっ子たちがおとなしかったのは数週間程度のことで、その後は新しい獲物を見つけてまたイジメを繰り返してした。
一度でも腐った連中は、もう元に戻ることはできない。
そう、女と同様に。
元に戻れないといえば、女にしてもそうだ。
女はというと警察から二三質問をされただけで、容疑をかけられることはなかった。
町の名士の娘ということもあり、警察側も遠慮してのことだった。
女自身も念のため当日のアリバイも用意し、後始末もきっちりと済ませ、現場にも足を向けなかった。
「犯罪者は現場に二度現れる」
よく言われるこの言葉、その立場になって初めて痛感した。
そう、不思議なほど現場を確認したい欲望に駆られるのだった。
「証拠を残してはいないか?」
「好奇の目で群がる人たちを見たくて?」
「それとも潜在的に捕まえて欲しいという願望から?」
やはり理由はわからない。
ただ、女はその後の犯行においても、このことだけは忠実に守るようにした。
そんな心理に落とし穴がある、ということを本能的に感じ取ったのだろう。
結果、それまでの殺人において一度も容疑をかけられることはなかった。
ただし、男の子の殺害後しばらくは悪夢にうなされることがあった。
特に葬式の日のことが忘れられないのか、たびたび夢に出た。
あれだけわが子の存在を否定し続けてきたお隣一家だが、揃いも揃って泣き崩れていたのだ。
『なにがそんなに悲しいのだろう?』
葬式に参列し、その光景を見ながらも女は不思議で仕方がなかった。
死んで欲しいとか、生まれてこなければよかったのに、とまで言っていたのに。
『だからというわけではないが、私が始末してあげたのに。あの子はイジメから解放され、家族は厄介者がいなくなった。丸く収まらないのはなぜなんだろう』
彼ら彼女らの涙のわけが、女にはどうしても理解できなかった。
結局最初の殺人は女の中で未消化のまま終わったことが悔やまれた。
本当であればもっと手際よく、思うように殺人する予定だったのだ。
しかし、おかしな話だがそんな消化不良こそが原動力となって、新たなる殺人欲に突き動かされもした。
そして消化不良の一つには、たぶん「罪」という意識があることも女は見逃してはいない。
「罪」とは涙とは関係のないものであることは、先の葬式を通して十分にわかった。
「それでは罪とはなんなのか?」
『次にはその答えがわかるかも』
そのことを知りたく、女はぼんやりと考えていた。
この一件以降、女のターゲットは人間のみに絞られた。
それは動物では決して得られない「罪という不思議な感覚」が女を殺人へと駆り立てるのだった。
人間には背景がある。
家族がある。
涙がある。
後悔がある。
愛と絆がある(とはいえこれについては良くはわからないが)。
それを自らの手で破壊することで、心に強いインパクトを与える不可思議な気持ち。
宗教的な背景も、大義名分も、太陽の眩しさも関係ない。
女はただ、罪という甘美な心への訴えかけ欲しさに殺しを続けている。
今日も、そしてこれからも。




