■ある女編 その1
20XX年7月21日 日本・某所 11:42
同じ、同じ、同じ、同じ……。
女は思った。
全部同じだ、と。
「ふう」
ため息をつくと椅子にドスンと腰をかけ、手についた血が顔につかないようにおでこあたりの汗をぬぐった。
手には血に濡れたメスが握られている。
室内は白を基調とした壁に囲まれており、中央には手術台が置いてある。
そこには腹をさばかれ、内臓を引きずり出された男の死体があった。
女は白衣を着ているが、医者というわけではない。
だから、もちろんこれは手術に失敗したわけでもない。
男は手足を縛られており、苦悶の表情のまま絶命している。
そう、この女が男を殺したのだ。
たった今。
女は人を殺すことで快楽を見出す連続殺人犯なのだ。
■ある女編 その2~過去~
20XX年 日本・某所
「約束だよ! 私が大人になったら……」
女が罪の意識というものについてはじめて考えたのは……いつかは思い出せない。
しかし、人や動物を殺すことが悪いということを知ったのは正確には忘れてしまったが、小さいころからそれとなく理解してはいた。
ただ、なぜ虫や花を殺しても罪にならないのか?
そんな疑問も一緒に持つようになった。
「みんな同じ生き物なのだから、分け隔てなく平等にあるべきなのに……。生かすのも、そして殺すのも」
◆■◆
女は某地区の由緒正しい家で生を受けた。
お家の歴史も長く、明治の昔から続く外科医の名家。
山の手の中でも一等地に広大な居を構え、当然金もあり権力もある。
女は町の人からも尊敬の意をこめて「お嬢様」と言われるほど顔の聞く家柄なのだ。
「まるでお人形さんのようね」
お世辞ではなく、よく言われることだった。
実に美しかった。
逆に人形と言われるだけあって、感情を表に出すこともあまりなかった。
正直、何を考えているのかわからない、と言われることもたびたびあった。
女自身、思うことでもあった。
『感情ってなんだろう?』
と。
喜びはあっても、笑いや悲しみを感じたことがない。
そもそもが、それらは理解できない心の働きである、と女は思っていた。
やさしい祖父母そして両親から女は並々ならぬ愛情を受けて育ったが、そんな恵まれた土壌とは関係なしに、美しい花も育てば毒花が芽生えることだってある。
原因はわからない。
とりたててきっかけもない。
また、女の家の歴史を紐解いても「人殺し」などはもちろん存在しない。
とはいえ、医療ミスが人殺しになるのであれば話は別だが。
物心ついたときから医療には興味があった。
というよりも、正しくは人間の内臓や血に興味をひかれたというほうがあっているだろう。
気持ち悪さは一切感じなかった。
医者の家系という血筋もあるかもしれないが、それらが美しく尊くさえ感じていた。
肉やお刺身がおいしいのだから
「人のお肉ともなればもっとおいしいのではないか?」
とさえ考えることがあった。
また、子供のころから家にある医学書に親しみよくぬいぐるみなどを分解して遊んでいた。
しかし、ぬいぐるみは分解しても白い綿しか出てこない。
『なんで血や内臓がいのかな?』
女は幼心にそんな疑問を抱きつつ、飽くことなく壊すたびに親から新しいぬいぐるみを与えられては、そんなことを繰り返していた。
女には仲のよい幼馴染の男の子がいた。
隣の家に住んでいる子供で、生まれながらに少しだけ知能が低い。
女と同じ山の手に住む家なだけに、その男の子の家柄もそれなりなのだが、そんな家において知能の低い子供が生まれてしまったことは悲劇を意味する。
ことに男の子の母親は、同居する義父母から「畑のせいだ」といわんばかりに、いわれのない批判やイジメを受けていた。
両親に頭のあがらない旦那は見て見ぬふりをしており、家の中はいつもギスギスしていた。
「この子はどうにかならないものか?」
男の子の両親はありとあらゆる手を尽くして、男の子が普通の子供になれる方法を模索し試してみた。
病院で精密検査を受けた。
DHAだのの頭にいいと言われるサプリメントもすべて試してみた。
果ては怪しげな占い師のお祓いまで受けるも、当然、期待をする結果は得られなかった。
男の子の両親はその後も子作りに励んだのだが、残念なことに新しい生を授かることは出来なかった。
「大事なお家の跡取りを作らなければ……」
そんなプレッシャーからか神のイタズラかはわからないが、どれだけがんばっても子供はできないときはできないものである。
そして、その都度義父母から圧力を受ける。
男の子の母親は、ときどき顔に怪我をしていることもあった。
『子供のことで義父から受けた暴力ではないか?』
町ではそんな噂で持ちきりだった。
このことは半ば町内のタブーとなっており、田舎特有の保守的な環境もあってか人々は噂レベルではあれやこれやというものの、表立ってそのことを話題にする者は誰もいない。
そんな家族の状況など我知らず、男の子はいたって能天気にいつもニヤケ顔で鼻水を垂らしているのだった。
女はこの男の子と特に仲良く遊んでいた。
家が隣ということもあるが女の危険なママゴト、つまりはぬいぐるみを破壊したり虫やカエルを殺したりという遊戯に付き合ってくれる唯一の仲間であったからだ。
他の子供たちは、女のそんな行動に幼いながらも危険を感じ取ったのか一緒に遊ぶ者は少なかった。
このこともすぐに町の噂となった。
女の両親も当然心配した。
そういう遊びをしてはいけないということを諭された。
子供ながらに頭のよい女は、その空気を感じ取り、素直な返事をして両親に安心感を与えておいた。
が、もちろん、危険な遊戯をやめる気は毛頭ない。
場を取り繕っただけの話。
だから、この遊びの秘密を守れる唯一の仲間である男の子と親しくなるのは、半ば必然とも言えた。
「二人だけの秘密だからね」
ほかに遊び友達のいない男の子にとって、女は手放すことの出来ない存在だっただけに、女の言うことには素直に聞き従った。




