■新興宗教編 その3
20XX年7月15日 日本・某所 9:06
そこからの眺めは、端から奥まで列が続く人の群れ。
それらが、俺一人のために集まっており、救いを求めているのだ。
自分の置かれた立場を今一度かみしめて生唾を飲み込むと、信者たちへ声をかけた。
「みなのもの。これは天がわれわれに課した試練である。信心深ければ、いずれ救われることだろう。いつもどおりに精進を怠らぬように」
などと偉そうな説法を説いた。
Cは背中がゾクゾクするのを覚えながら、自らの持論を展開した。
信者たちは、みな一様に耳を傾けている。
『なんという快感だ!』
Cは思った。
こいつらすべてが俺の言いなりになるのかと思うと、それだけでもCを有頂天とさせた。
『見ていろよ! このパニックに乗じて、拠り所ない人間どもをみな俺の前にひざまずかせてやる。俺は王、いや神になるのだ!』
■新興宗教編 その4
20XX年X月XX日 日本・某所 14:58
それから数カ月の月日が経った。
教団はCのもくろみ通り、このパニックで正気、もしくは寄る辺を失った者たちのオアシスとして、見る見る人であふれかえった。
個性なき時代。
最後の頼りともいえる自分自身を失ったのだから、それは無理もないこと。
やりたい事やるべき事のなき者たちには、この世においては未来などないに等しい。
かといって自殺もできない者たちが、次々とCの教団の元に集まってきたのだ。
『ふふふ、俺の思惑通りだ。おもしろいくらいにバカどもが集まってくる』
Cは大いに満足した。
ただ唯一の不満としては、当然みな顔が同じということだ。
それこそ最初はとっかえひっかえ女たちを抱いていたが、みな同じ顔をしているだけに早々に飽きてしまった。
しかし、それはしかたのないこととして、ある程度はあきらめてはいる。
当然、このパニックが起きなければCが今のポジションを獲得することは不可能だったからだ。
そういう意味では、やはり今回の珍事には感謝しなくてはならない。
そのため、Cのアイデンティティを支配しているのは教団の拡大のみだった。
その点では大いに満足しており、毎朝の朝礼で眺める整然とした人の群れを眼下に収めることだけは、変わることなくCの心を満たすのだった。
しかし、おかしな話ではあるが、そんなCの願望であり欲求を満たすはずの野望が成されるほどに、思いもしなかった苦痛が頭をもたげ始めたのだ。
それは、絶対で在り続けなければならないという逃れがたき事実。
Cの人生は大部分においてトップであり、指図する立場であり、その出来の良さから羨望の対象であった。
そういう意味においては、今の立ち位置につくにはふさわしい人材であり、C自身においてもそれにはまるで疑問を挟む余地のないことのはずなのだが……。
『なんなのだ? このいやな感触は……』
悩むC。
その悩みの正体とは、永遠に崇拝され続けなければならないという目に見えない縛りがもたらす息苦しさ。
それまでにCが君臨していたのは、いうなれば時期が来れば開放される役目でしかなった。
クラブの部長にせよ、キャプテンにせよ、生徒会長にせよ、学業でトップを維持することにせよ……。
ゴールの見えていることだからこそ踏ん張れるし、また緩急をつけつつ己をコントロールすることもできた。
しかし、今の立場は同じトップだとしても、そういう暇がない。
よくある例えで、休むことなく鍛え続けた筋肉はいずれちぎれることがあるというが、Cに課せられた立場というのもまるでこれと同じだ。
さらに教団という閉塞した空間がもたらす変化の無さも、そんな状況に拍車をかけた。
日々積み重ねられるストレスは、被害妄想をも呼び起こす。
財が膨らむほどに横取りを目論む輩がいるのではと気になり、変わりなき上下関係は自分を追い落とす群れにしか見えなくなり始めていた。
そう、使い切れない財産を抱えた老人のように。
自分に差し伸べられた手を優しさや気遣いではなく、奪うために伸びたものとしか思えなくなった。
そして疑心暗鬼になりながらも、欲望に対してはさらなる乾きを覚えるという不思議な悪循環。
その乾きが満たされるほど、さらに肥大する我欲ときつくなる疑いの目。
かつて神々しかったはずの教祖が見る見る俗物へと成り下がっていったのもまさにこれと同じである。
そして、今度はC自身が同じ轍を踏んでいるわけだが、そんな俗のスパイラルに陥り曇ってしまったCの眼では、もうその事実を正確に直視することなどできなくなっていた。
だから人に対する対応も雑になった。
ちょっとしたことでも不機嫌になった。
ある朝、こんなことがあった。
食糧難である昨今、食べ物を調達するのは難しい。
が、同じ朝食が4度並んだときにCは爆発した。
「なんだこの粗末な食事は! 俺に毎日同じものを食えというのか!」
そう言うと食卓の上の食糧を腕で薙ぎ払らった。
のみならず、朝食を用意させた人間をポアするよう命じたのだった。
こんな世の中だ。
殺したことろで替えなどいくらでもいるのだから。
世も世なら、暴君も許される。
また、暴徒も。
Cの教団は友愛や未来を説く一方で、相反する略奪行為を黙認していた。
当然、そうしなければ教団全員の食糧など賄えるはずもなく、またのんびりしていたら逆に奪われてしまう。
世紀末において宗教の理念など、所詮お飾りにすぎない。
いや、それはまともな世の中だった時から変わらない真理なのかもしれない。
Cはこの教団内においてはまさしく神だった。
機嫌のいいときには機嫌良く、機嫌の悪い時には機嫌悪く、思うがままに振舞った。
しかし、それを当然面白く思う人間などいない。
特に側近は毎日が緊張の連続だった。
いつ自分がCの機嫌を損ねてポアされるのかと思うと、当然気が気ではない。
その八つ当たりの対象にいつもなっていたのが、現在ナンバー2のDだった。
かつて、顔があるころはCはDに対して絶大の信頼を置いていたが、いまはそんな気持ちは微塵もない。
それどころか、自分の行動を面白く思っていない連中がDになびいているのではないかという被害妄想にかられ、CのDに対する不快感はさらなるものとなった。
それはかつての教祖とCの間柄をそのままトレースしたような状況であることに当のCでは思い出すことなどできない。
そして今日もたいした落ち度もないのに、Dにつらくあたった。
「なんだ、その目は!」
一瞬だが、CはDの視線に自分に対する憎悪のようなものを見たような気がしたのだ。
「何かお気に障りましたか……」
「いま私のことを睨みつけただろう」
「滅相もございません!」
言い訳をするDを激しく殴りつけた。
床に倒れこんだところで足蹴にした。
「ナンバー2だからといって思いあがるなよ! お前の代わりなど何人もいるのだぞ」
平身低頭ひれ伏すDに対して、罵倒は続く。
「このような振る舞い、次はないと思えよ!」
そういい捨てると、Dに唾を吐きかけてその場を去った。
「……」
平伏しながらもCの背後を睨み続けるD。
その瞳にはなんらかの決意めいたような光を宿していた。




