■新興宗教編 その13~過去~
「なぜ私が疑われなければならないんだ!」
怒り心頭の中年男は、Cに噛みつかんばかりに吼えた。
「証拠はもうあがっているんですよ」
Cはやれやれといった口調で中年男を諭すようにいった。
「嘘をつくな! これは陰謀だ! 謀反だ! クーデターだ!」
中年男はCにハメられたのだ。
それも横領というあらぬ容疑を。
しかし、中年男にはもはやそれを免れることはできない状況となっている。
形勢は完全に逆転したのだ。
以前と違いいま中年男に肩入れをしている者は誰もいない。
Cが教団で幅をきかせ始めると、それまでは中年男の庇護にいた連中も機を見るに敏にCにかしずきはじめたのだ。
孤立無援。
盛者必衰。
「そうですよ。諦めが肝心ですよぉ。もう十分おいしい思いもしたじゃないですかぁ」
かつては中年男の取り巻きだった男の一人が挑発した。
「ぐっ! 貴様! よくもそんなことを!」
目玉が飛び出さんばかりに睨みつける中年男。
その姿を見て、あちこちからあざけるような笑い声が起こった。
『憐れなものだな』
Cはこの状況を面白がるでもなく、素直にそう感じた。
終わりというものは実にあっけない。
いや、もしかしたら教団を脱会するという現実が中年男にとっての新しいスタートになるのかもしれない。
人は死というゴールがスタートした時点からすでに設定されている。
ゴールとスタート、いったいどっちが先に存在するのだろう?
そのとき突然館長が現れた。
それを認めると、中年男はすがらんばかりに懇願した。
「館長! 聞いてください! 実は……」
早口にことの顛末まくし立てる中年男に対してウンウンとうなずきつつも、それを少しうるさそうに聞く館長。
まもなくすると、自慢のあごひげをさすりながら館長はポツリと言った。
「うん、大体のことはわかった」
「わかってくれましたか!」
破顔一笑、我が意を得たといわんばかりの表情を見せる中年男。
しかし、その喜びは長く続かなかった。
「出て行きたまえ。君は破門だ」
「な、なんですと! いまなんと申しましたか!」
食い下がる中年男。
もう、正気ではない。
「何度も言わせないでくれるかな。君は破門、そうクビだ」
あごひげをなでつけながら、なおも続ける。
「警察には黙っておいてあげよう。それがせめてもの慈悲というもの。私とて鬼ではない。いままでご苦労だったね」
館長はまるで遊び飽きたおもちゃを見る子供のような目つきで言い捨てた。
「き、きさまぁ~! 教団をここまで育て上げたのは誰だと思っているんだ!」
中年男はそれまでの従順な犬のような態度から豹変し、館長に罵声を浴びせた。
それを気にもとめずに抜けたあごひげをその場に捨てる館長。
目を細めながら、慈しむような目つきで中年男を見ながら言った。
「それはみんなの力じゃて。教団はみな家族であり兄弟。その輪を乱すような発言は謹んでもらいたい」
一呼吸をおいてから突然館長が吼えた。
「思い上がりもはなはだしいわ!」
一喝。
場の全員が凍てつく。
Cとて怒りをあらわにした館長を見たのは初めてのことで少々驚いた。
そしてみな、その迫力に気圧されると同時に、改めて館長の威厳に打ちのめされた。
水を打ったように静まり返る。
そこに館長が一言付け足した。
「あと、さっきから言いたかったのだけれど、これからは私のこと館長ではなく教祖と呼ぶように。まぁ、今を持って教団を去る君には言う必要はないことだがね。そうだな必要のないことだ」
あごひげをさすりいつもの館長、いや教祖に戻っている。
館長という呼び方をやめて教祖と名乗るように入れ知恵をしたのほかならぬCだ。
みんなのリーダーから脱し、広く深く崇拝される対象へ。
そんな意味もこめてのことだ。
また、教団名もこの日を持ってこれまでのいかにも怪しいカルト臭漂うものから、洒脱した横文字のものへと変更する予定でもある。
そんな教団の躍進する日の人身御供として、中年男は捧げられたのだ。
かつては中年男が陥れようとしたCの手で。
中年男は怒りに震えている。
じっと、教祖をにらみ続けている。
「おい、この男をつまみ出しなさい」
そう言い捨てるなり、中年男に背を向けて場を離れようとする教祖に、腹の底からうなるような声で中年男が呪詛の言葉を投げかけた。
「小田ぁ~! 覚えていろよ……」
そう言われるとちらりと振り向き、哀れむような目つきで教祖はポツリと一言漏らした。
「もうあなたの時代は終わったのですよ。斉藤先生」
◆■◆
金属がきしむ列車の通過音がうるさい高架下で、屋台のおでんで舌鼓を打つCと教団最古参の男。
「えっ? あたしと飲みにですか? そ、それは願ってもいないですね」
最古参の男は、おののきつつも返事をした。
それもそのはず元は中年男の腰巾着でCをいじめていた急先鋒だっただけに、自分も肩をたたかれるのでは? と勘ぐったからに他ならない。
しかし、Cがこの男を誘ったのは、聞きたいことがあったからだ。
『先生? 一体何のことだ?』
当然あの中年男斉藤に対して教祖が言った言葉が気になったからだ。
最古参のこの男ならなにか知っているかもしれない、という思いから飲みに誘ったのだ。
「あたしはどうも洒落たところは苦手でして……」
腰巾着が板についた者の習性なのか、懐疑心だけは人並み以上に高いらしい。
そんな嗅覚が異変を感じ取ったのか、Cが誘った場所ではなく自分のホームグラウンドであるこのけちな屋台に連れてこられたのだった。
しかし、疑り深さもしらふのときまでで、酒が入るほどに饒舌となりまた遠慮もなくぶちまけ始めた。
「あたしはあの斉藤って男だけは、どうしても気に入らなかったんですよ! ほんと溜飲が下がりました! あの館長、おっと教祖さまの啖呵にはしびれましたねぇ」
安く、臭い酒のにおいを撒き散らしながら最古参の男は悪口を言い続けた。
さらに酒をすすめながら、タイミングを見計らってCは切り出した。
「で、気になったんですけど、教祖様はあの時斉藤さんに先生っていいましたよね? あれは……」
すべてを聞き終わる前に、さえぎるように最古参の男は話し始めた。
「あ~あれ。あれね。噂ですがあの二人、元は学校の教師と生徒だったみたいですよ。なんでも教祖様は手がつけられない不良だったとかで、それを更正しただか退学にさせただか……どっちだったかな? まぁ、そんな関係だったみたいですわ」
「……」
「その後どういういきさつがあったのかはわかりませんが、二人が組んで詐欺を振り出しに、マルチやらなにやら胡散臭いことをはじめたそうですが、合法で金を巻き上げる……おっと失礼! 世間のお役に立てつつ懐も潤う新興宗教を始めたって話ですなぁ」
酔いに任せてなおも話は続く。
「そう言えば知っていますか? 教祖様の年齢を? ふふふ。わかりますかな?」
いやらしい顔つきでCにいきなり質問をぶつける。まもなく考えた後にCは答えた。
「40代、中頃かな?」
すると、なぜか勝ち誇ったような表情で、どうだ!といわんばかりに最古参の男。
「ぐふふ! ハズレ! 教祖様はなんと! 30代で~す。それも前半らしいですよ!」
それには、さすがに意表を付かれたC。
「まさか……」
「うふふ、まぁ噂ですけどねぇ。なんでも整形は若返るだけが整形じゃないってね。ヒック……貫禄が欲しかったんですかねぇ。もしかしたら教祖様の元の顔って、ものすごく童顔だったりて!」
ずいぶんと酔いが回っているようだ。
最古参の男のおしゃべりはなおも続く。
「ふふ。私、こう見えても元は某銀行の係長だったんですよ。見えますか? 見えますか?」
Cに話しているのか、独り言なのかわからない独白は続く。
「しがらみに疲れましてねぇ。太鼓持ちも楽じゃないってね。んで、そんな心の隙間を付かれた……じゃねぇや、心の隙間を埋めてくれる、この教団に出会ったわけですわ」
手酌で自分のコップに日本酒をなみなみと注ぎながら話を続ける。
「教祖様のお話は目から鱗でしたわ! この人にならすべてをささげられる! って思いましたもんね。ふふ、でもそれも、単に現実から逃げるための口実だったのかもしれませんがなぁ。群れから逃れたつもりでまた群れの中。人は二人そろうと上下関係ができ、三人になると社会が形成される。それは心の解放区だと思ったこの教団にいても同じですわ!」
ぐいっと一気に酒を飲み干す。
『上と下……』
Cは思い出した。
人に使われる立場にだけはならなと強く思ったあの日のことを。
今オレは下に甘んじている?
「まぁ、そんなわけで、これからもよろしくお願いしますわ!」
Cに軽口を叩いて、親愛の意味のつもりなのか肩に手を回してきた。
『そうか』
館長のことをひとつわかり少しだけ身近なものに感じたと同時に、逆により遠い存在のような不思議な気持ちを抱いた。
「ふふふ、何を考えているんですかぁ? もしかして、斉藤さんを失脚させた勢いで教祖様の足元も狙っているとか? うん、狙っている。な~んて、教祖様の口癖まねちゃったりして! 冗談、冗談!」
『オレが教祖の座に? オレが? まさか? まさかな……』
そういうと、最古参の男はテーブルに突っ伏していびきをかき始めた。
『……』
Cは仰け反って遠い夜空を見上げた。
そこまで遠くはないが、最古参の男が言ったように教祖の足元をすくうのはもう少し先の話。
とりあえずこの最古参の男をはじめ、これからの教団運営に役に立ちそうもない連中をどう始末しようか?
そんなことを考えているそのときのCには、露とも思わないことだった。




