■新興宗教編 その12~過去~
ある朝、Cは久しぶりに実家の岐路についた。
学校にはもう行っていない。
教団の仕事にかかりきりで、それどころではなかったからだ。
放任主義のCの家ではあるが、最近頻繁にケータイが鳴っていた。
出ないまま放っておいたのもだいたい用件がわかっていたからだ。
家に着く。
そしてドアを開けるなり、母親が飛び出してきて泣きながらCに詰め寄った。
「あんた! いったいなにやっているの? なにやっているのよぉ!」
まもなくすると、父がやってきた。
「母さん。そう取り乱すな。おい、とりあえず居間にこい」
いかめしい顔つきの父親。
Cがこれまでに見たこともない表情。
取り乱した母親の姿もそうだった。
居間に入ると兄姉もソファに座って待っていた。
その目つきに怒りのようなものをCは感じた。
が、いたって平静にいつもそこに座るような態度でCはソファに腰を下ろした。
父、そして母もソファに座った。
無言。
これまでのC家において、このような冷たい時間、空間はかつてない。
その調和を乱した者として、家族全員から責めるような視線で見られ続けている。
「あんた……」
場の空気にいち早く耐えられなくなったのは母親だった。
しかし、それを制する父。
「おまえ、学校には行っているのか?」
「いや……」
いつまでも隠しとおせることではないし、隠す必要もない。
また、遅かれ早かればれるものだとは思っていたので、Cは嘘をつかずに返事をした。
「家に電話があったぞ。なんとかいう新興宗教にのめり込んでいるようだな」
『タレコミか。たぶんやつだろうな』
めぼしはついている。
まぁ近いうちに処分するつもりなので、どうでもいいことだが。
「そうです。いま僕は「超常能力健康教団」というところで働いています」
「学校はどうするつもりだ」
「……」
「どうするといっているんだ!」
怒りに任せてテーブルを拳でたたく父親。
「先のことは考えていません。いまはただ、教団のために尽力していますし、それが僕のすべてだと思っています」
「貴様……」
母も兄姉も、固唾をのんで見守っている。
『親不孝なことをしている』
という思いはあったが、Cには教団を辞めるつもりは毛頭なかった。
なぜなら……。
「教団を辞めろ、いまならまだ間に合う。家に戻って学校に通え」
「いやです」
「なぜだ? なぜ親のいうことが聞けない?」
それは、
「父さんも気がついていると思いますが、これは僕が初めて示した意思表示なんですよ。これまで言われたことをすべてこなしてきた自負はあるし、反抗期もなかった。それと気がつきませんか? 僕の顔を見て」
「なんだと?」
「充実した表情だと思いませんか? 入学式のときに撮った写真のことを覚えていますか? あの時、父さんは僕の表情が気に入らなかったはず。でも、いまの僕の顔はどうです? あのときに比べて生き生きしていませんか?」
「……」
黙ってCを見続ける父。
そして一言。
「出て行け。いまのお前は我が家に必要のない人間だ」
「……わかりました。それでは」
これといった感慨はない。
子はいずれ親元から巣立つもの。
Cはそれが他の兄姉より早まっただけのことだ。
「それでは……いままでありがとうござました」
軽く家族の顔を一瞥した後、Cは居間を出て玄関に向かった。
その時、後ろからバタバタと足音がした。
「お待ち!」
母だった。
涙でグシャグシャになった顔でCの顔を穴が開かんばかりに見つめ続けている。
「母さん! ほうっておけ!」
父の声がした。
それでも、なおもCを見続ける母。
「私はいつだってあなたの味方よ。お母さんなのよ! 困ったことがあったらすぐに言ってね。また戻ってきたくなったらいつでも連絡してちょうだい」
「……ああ、ありがとう」
「忘れ物はないかい?」
「いろいろあるけど、もういいよ」
家族のぬくもりも、社会科のテストの答案も、妊娠させたかどうかわからないあの子との真相も。
しかし、これからの自分に必要なものは、もうこの家にはない。
「それじゃ」
ドアを開け、閉める。
背後に泣き崩れるような声が聞こえたが、Cは立ち止まることなく家を後にした。
「ふう、暑いな……」
青空、太陽、雲。もう夏がそこまで来ている。
そのとき、Cの目に見事な向日葵が目に入った。
「夏のスイッチ、こんなところにあったのか」
向日葵は、太陽に顔を向けてすくすくと育っている。
「さて、これから忙しくなるぞ」
自分に言い聞かせるように呟いて、新しい我が家である教団への岐路についた。




