■新興宗教編 その11~過去~
「館長! 本気で言っているんですか!」
中年男は館長に怒気を含んで言った。
「なにか問題でもあるかね?」
館長の口ぶりは普段どおりだ。
「あの男は危険です! 確かに頭はキレるかもしれませんが、謀反は常にその手の人間が起こすもの。最初は従順ではあったとしても、いつ牙を剥くともしれませんぞ!」
「うん、確かに君の言うとおりだ。しかしだな。物事を変化躍進させるためには、そういう危険人物とのタイアップなくしては不可能なのもまた事実。この教団も大きく変わらなければいつまでも横這いのままだろう」
「私では役不足ということですか!」
「……」
その中年男の問いには答えずに、館長は話し始めた。
「あの子の顔、クールとか、ポーカーフェイスと言えなくもないが、あれは満たされていない者の顔つきだよ。ウチに入信してきた信者の多くがあんな顔をしている。しかし、他の信者たちと大きく違うことがひとつだけある。目は死んでいないんだな。何か一物を抱えているとでも言おうか。そこが違うところだな。だから実に嫌な目をしている」
「そうでしょう! あの目は何かをたくらんでいる目です」
中年男がわが意を得たといわんばかりに同調する。
「だが、そこがいいんだよ。食うか食われるか? そんな緊張感がないと淀み腐りゆくのみ。そしてなによりも君の異常なほどの拒否反応。君も本能で感じ取ったのだろう? 自身のポジションを奪われるかもしれないという危機感を」
「うっ……」
図星をつかれたのか、言葉を続けられない中年男。
「彼はこの教団を大きくすることができる力を秘めている。私はそれに賭けてみたいんだ。類は友を呼ぶ。彼のような有能な人材が入れば、同じレベルの若者たちが同調して次々に入信してくることだろう。そうすればこの教団は、よりレベルが高く気品に満ちたものへと躍進することだろう」
館長をにらみ続ける中年男。
「後悔しても知りませんよ……」
半ば恨み、なかば警告の意味をこめた言葉を残して中年男は館長室を後にした。。
◆■◆
その数日後、Cのケータイに教団から連絡が入った。
それも事務員からではなく館長直々に。
これにはCは大いに喜んだ。
Cは勉強やスポーツができすぎた。
しかし、それらはいくらできたとしても100点なり評価Aなりの限界値があり、その枠を突破することはできない。
しかし、社会との接点を持つことでその枷ははずされた。
いくらでも、思う存分力を発揮でき、能力を示すほどに評価は天井知らずに下される。
この気持ちは、どこか恋愛にも似ている。
舞い上がらずにはいられない気分。
しかし、そのときのCにはかつての恋愛そして失恋の痛手を思い出すことはできなかった。
そしてCは教団に迎え入れられた。
信者としてではなく、正社員として。
それも幹部待遇。
Cは思った。
『おれはいつも先々のことばかりとらわれていて、ゴールばかりを探していた。しかし、実はおれはスタート地点にすら立っていなかったのだ』
教団の入信は、Cがはじめて自分自身の意思で立ったポジション。
いままでのレールの上の人生とは違う。
そう、レールの上とは違う人生。Cはその洗礼をさっそく受けた。
「ダメダメ! そうじゃないんだ! 君はそんなことすらわかないのか!」
Cを頭ごなしにしかりつける者がいる。
中年男である。
Cはこのとき、以前中年男がどことなく自分に対して敵対心のようなものを持っているの感じていたが、その予想が当たっていたことを知る。
それはCが自分のポジションを脅かす存在であることを本能的に察知し、保身のためにCに敵愾心をむき出しにて嫌がらをしているということも。
「某大の学生といえども、世間のことは何も知らんようだな」
プライドを傷つけるようなこともたびたび言われた。
持ち物がなくなる、中年男の息のかかっている連中から無視されるなど、子供じみた嫌がらせも執拗に行われた。
しかし、Cはこれら嫌がらせに対して反抗するどころか、逆に笑顔でもって返事をしていた。
「ありがとうございます。至らないところがありましたら、もっと叱ってください」
「……ふん!」
さげすむような目つきでCを一瞥し、その場を去る中年男。
しかし、その表情からはありありとCに対する気持ち悪さがうかがうことができる。
嫌がらせをされ続けて、笑顔でいられる人間は少ない。
Cはそれを逆手にとってあえて怒りも拒否反応も示さず、それどころか明るいスマイルで応え続けているのだから、気味悪がらないほうがどうかしているというもの。
『そうだ! 俺にもっと嫌がらせをしろ! そうすればするほど、おまえ自身の首をしめることになるのだから』
Cは優等生だが、単なるガリ勉ではなかった。
勉強やスポーツは頭や体を鍛えるだけのものではないとCは常々考え、その裏にある「忍耐」や「努力」「根性」も同時に鍛えていたのだ。
それらはトレーニングと同じだ。
背筋を鍛えるときはその部位を鍛えているのを意識しながら行うことで、何も考えずにトレーニングするよりも高い効果を得られるのは周知の通り。
勉強やスポーツをするときもそれにともなう「辛さ」や「我慢」を意識しながらすることで、より高く効果的に精神面も鍛えることができる。
同級生の中には、その辺をわかっていない暗記バカがなんと多かったことか。
そんなこともありCは中年男からのつまらないイジメぐらいではへこたれることなく、もくもくと的確に仕事をこなしていった。
また、人は能力者に弱いことも知っている。
いくら中年男がCを貶めようとも、Cのずば抜けた有能ぶりはみんなの目にはキチンと映っていた。
また、Cの勧誘により次第に優秀な若者たちが集まり始めてCを中心とするグループが形成され、メキメキと頭角を現し始めた。
そんなこともあって次第にCへのイジメはなくなっていき、それどころかこれまでCをイジメていた連中の中からも手の平を返してCの傘下に収まる者もボチボチ現れ始めていた。
誰の目にもCが次なるリーダーになることがわかったからだろう。
沈みかける船から逃れるネズミのようにズルく、汚く難を逃れようとするものが後を絶たなかった。
『いい兆候だ』
Cは考えたとおりの成り行きにほくそ笑んだ。
寄らば大樹のなんとやら。
将来的にはCにかしずくほうが得だと思った打算的な連中が集い始めている。
そのおこぼれに授かりたいがために。
館長そしてCの思惑通り、教団には日に日に信者が集まってきた。
Cが考案した効率的な勧誘法やセミナーの開催、その他これまでの古いやり方をしていた教団そのもののあり方をすべて塗り替えたのだ。
刷新は大車輪で行われた。
その結果お布施は多くなり、教団も躍進した。
信者もみるみる増えていき、この調子で行けば近いうちに現在の道場のキャパシティを超える日もそう遠くはないほどに。
わずか数ヵ月足らずの間で、Cは持ちうる知識と人脈を総動員して瞬く間に教団をワンステップ、どころか二段、三段飛びで持ち上げたのだ。
そしていま、Cは館長室に併設された浴場で館長の背中を流している。
「君はよくやってくれているね。うん、よくやってくれている」
「ありがとうございます」
見事なのぼり鯉の彫り物を背負った、館長の背中をタオルでこすりながらCは返事をした。
「私は愚だ」
館長は言う。
「そして空っぽだ」
「だが、それでいいと思っている。神輿は軽いほどいい、そしてきらびやかであればなおいい。そのほうが担ぎ手である君たちが、派手に担ぐことができるだろう?」
「……」
Cは館長の言わんとする真意を探っている。
「私の空っぽの中身は君たちがつめてくれたまえ。いまはまだ、みすぼらしい私の装飾も君たちが自由に彩ってくれればいい」
よいしょといって椅子から立ち上がり、湯船につかった館長がポツリと一言。
「期待しているよ。君にはね。うん、大いにね」
「ありがとうございます」
一連の会話から、会長から全幅の信頼を受けていることをCは感じた。
『時はきたな』
Cは思った。
その時、Cの頭の中にあることが思い浮かんだ。
そう、自分の写真を見せたときのことだ。
「館長、お伺いしたいことがあるのですが……」
「なんだね?」
湯船にゆったりとつかりながら館長は返事をした。
「たいしたお話ではないのですが、初めてお会いしたときのとこですが……」
そこまでCが話したとき、突然館長は話をさえぎるように言った。
「写真のことかね?」
『これだ……なんで、わかるのだろう?』
日本の物の怪「覚」。
人の心を読む妖怪。
どこか人離れしている館長の怪しげな風貌が、Cにそんなことを思わせた。
「さすがです。私が聞きたかったことはまさにその写真のことなのです」
館長はおもむろに話し始めた。
「質問というものは二種類の意味しか存在しないのだよ。子供のころに習った算数と同じさ。X=1+1か2=X+1だね。最初の答えがわからないものであれば、答えを。次の答えがわかっているものについてはそれを補足するものを。君は写真という答えを私に提示した。だから、補足してやればいいだけの話。そんなものをわざわざ人に見せてなにかを知りたいということは、弱点やコンプレックスの場合がほとんど、いやそれしかないだろうな。そこまでわかれば、あとはおあつらえ向きの言葉をはめてあげる。うん、実に簡単なことだ」
館長はこともなげに言うが、そんな簡単なものではない。
「さすがですね。館長。心服いたします。誰もがおいそれと出来ることではございません」
「うん。自分で言うのもなんだけどそうみたいだね。昔から、なんとなくわかるんだよね。僕には。それはたぶん君が生まれもって勉強できるのと同じことだろう。僕の場合は相手の顔色やしぐさから何かを感じ取ることが出来るみたいだね。でも勉強はからっきしだったけど」
ふふふ、と館長は笑みをこぼしながら言った。
「いまの君は実にいい表情をしていると思うよ。うん、間違いない」




