■新興宗教編 その9~過去~
「……」
Cはパソコンのモニターを見ながら考えにふけっている。
画面上で、何者かがアジテーションしているのをぼんやりと眺めながら。
「ただ、足元の枯れ草のほうが、よほど生き生きしているように見えるかな」
『なんで、あんなことを言ったのだろう?』
もちろん胴着を着た男、館長に対してである。
ウィークポイントを見つけ、そこをつくのがあの手の連中の得意とするところなのは知っている。
しかし、それもまたひとつの能力に違いはない。
というよりは、そんな鼻がきかなければ大勢の人間を魅了、いや騙すことなんぞはつとまらないだろうから。
ハイエナのごとき嗅覚が、Cの言ってほしい、いや言って欲しくない一言を言わせたのだろう。
そして、あの男の声。
これまでCはヒットラー、チャールズ・マンソン、ゲバラ、カストロ、三島由紀夫、そして有名無名のテロリストたちの声明文のほか、いろんな分野で実績を残している人物たちの声を聞き、研究してきた。
そしてロックはもちろん、ポエトリーリーディング、さまざまな宗教の説法などなど。
発せられる言葉の内容は陳腐極まりないものも多く含まれているのだが、にもかかわらず聴衆を魅了しているそれらには、心を動かす不思議な力があった。
そう、声と言葉は違うのだ。
エネルギー、躍動感、高揚感、とにかく、聞くものに熱を与えてくれる言葉。
元気を分けてくれる、もしくは悲しみの淵から救い上げてくれる、そんな不思議な包容力を持つ言霊。
一言でいえば「カリスマ」。
そしてその正体に回答はない。
『そういう意味からすると、なるほどあの男にはその力があることを認めざるを得ないな』
アジテーションは終わり、音はやんだ。
「……」
考えがまとまらない。
苛立ち。
そう、俺はいま苛立っている。
自分でも珍しいことだと思う。
なぜか男の顔が浮かんで離れない。
『もう一度、会ってみようか?』
俺は魅了されてしまったのかもしれない。
いや、違う。
確認したいのだ。
今一度、あの男が何者なのかを。
思うが早いか、帰り際に渡されたパンフレットを引き出しから取り出し、ケータイで電話をする。
0・1・2・0・6・4・0・6・4・0……
フリーダイヤルの番号の640640の上には「無心無心」とルビが振ってあった。
略して覚えやすく、のつもりだろうが、なんで「0」を「ん」と読ませようとするんだ?
この番号以外にも、そんな無茶な読ませ方をするのを見かけることが多々あるが、頭の悪さを露呈するようでかえって逆効果ではないのだろうか?
Cはケータイを耳にあてつつ、パンフに目をやりながら思わずにはいられなかった。
まもなくすると、受付の女性らしい声が聞こえた。
「あの、以前そちらにお邪魔したことがある者ですが、館長さんはいらっしゃいますか?」
名前を聞かれたのでCは返答すると、待つようにとの返事。
しばらくして、聞き覚えのある声が。
「やあ、きっと電話してくると思ったよ」
例のごとく、ゆったりとした口調で話しかけてきた。
『これも獲物を網にかけるための常套句だな。宗教だの超常現象だのにだまされる連中は俯瞰したものの言われ方に弱い。そう、大きな力で包まれたがっているからだ』
俺は騙されないぞ、とCは思いながら返事を返した。
「あの、近いうちにまた遊びに行きたいんですけど」
「いつでもきなさい。みんな、君が来るのを待っているよ」
お次は連帯感か。
その手に乗るかよ!
Cはさらに自分に言い聞かせつつ、
「それなら明日のお昼はどうですか?」
別段急ぐことではないのだが、あえて急かせてみた。
黙って反応を待つC。
「いいでしょう。きなさい」
予定を確認することもなく、男は了解した。
「わかりました。それでは明日の12時に」
そういって電話を切った。
「ありがとうございます」
とは言わない。
それは明日も気をつけるつもりだ。
今はまだ教団とはなんの関係もないフィフティな間柄なのだから当然だ、というのがCの考えだ。
へりくだった態度を見せると付け込まれる。
そういう思いもあった。
そして翌日。
教団につくと、事務所にいた中年の男が出迎えてくれた。
「ちょうどこれから館長の説法が始まる時間だ。話はそれからでいいか?」
居丈高な物言いだな、とCは思った。
どことなく挑戦的というか。
「そうですか」
そういうと、中年男は返事もせずにきびすを返していってしまった。
『なんだ? あいつ』
気にはなったが、とりあえずはそのことを忘れて館長の説法とやらを聞いてみようと、中年男の後に続いた。
道場の中には以前来たときよりも多くの信者たちが集い、一様に壇上の館長を見つめている。
「みなさん、今日は忙しい中お集まりいただきまして、ありがとうございます」
ありきたりな前口上を述べた後、館長は教団の理念と説法をとつとつと説き始めた。
話が進むにつれ、どこからともなく鼻をすすり嗚咽を漏らす声が聞こえてくる。
話の内容はとても陳腐だった。
しかし、あえてよくとえれば、わかりやすいといえなくもない。
それは世にあふれている書物やポップソングの歌詞がそれを証明しているではなか。
世間は小難しいことなど求めていないのかもしれない。
そんな考えが一貫しているCなだけに、本来なら鼻で笑ってしまうようなもののはずなのだがなぜか聞き入っている自分に気がつく。
名人芸、いや天賦の才能といっていいかもしれない。
それほどまでに館長の口から出る言葉は彩られ、まるで音符が口からつむぎ出されるように耳に心地よく、心に訴えかけてくる。
『これは音楽だ』
楽しい音、すなわち音楽。
館長の口からはいつでもそんな優しさが奏でられ、聞く者の耳と心に癒やしを与える。
気がつけば虜になっていた。
そんな自分に抵抗したかったが、できなかった。
くいいるように館長を見続けているC。
その時、館長と目が合った。
じっと見られている。
「館長に見られているわ!」
前の若い女が言った。
この一言にはっとした。
みんながみんな、同じことを思っているのではなかろうか? と。
『俺もその術にはまったというわけか』
本来のCであれば恥じる場面であったはずだが、いまそんな気持ちはない。
冷静さを取り戻すほどに、自分も洗脳されかけていることを実感せずにはいられなかった。