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■新興宗教編 その8~過去~


消化不良のような日が続いた。

言うまでもなく、あの女と会ったのが原因だ。


「信じても信じなくてもかまわない」


「あなたって鉱物でできているじゃないの?」


なんであの時、女をそのまま帰してしまったのか。

結局女の話はどっちが本当だったのか?

真実は闇の中。

もうたぶん知ることはできないだろう。


両親に聞いたところで、けっきょくははぐらかされるだけだろうから。


『俺は恐怖を感じてしまったのだ。真実を知ることに対して』


無様。

久々に打ちのめされた。


気分の冴えない日が続いたが、学校にはちゃんと通っていた。

授業のこともあったが実はそれ以上に、もしかしたらまたあの女があそこに立っているのではないか? という淡い期待を持ちながら。


しかし、校門は生徒たちが激しく出入りしているといういつもどおりの風景……に見えたが、今日だけはちょっと様子が違うようだ。

なんだか、人だかりができて騒がしい。


「ちょっと君! もうここにはこないでっていったでしょ!」


警備員たちがやせ細った、モヤシのような男を取り巻いて怒鳴りつけている。

モヤシ男はおびえながらも声高になにかを主張していた。


「ですから、私は怪しいものではありません! それどころか皆さんにすばらしいことをお伝えしにきたのです!」


男は真剣そのもの。

しかし、警備員たちはやれやれといったふうな表情。


「これが最後の警告だ。今度きたら警察に突き出すからな」


かなり高圧的な態度で男に脅しをかけた。


『なんなんだ? いったい』


うっとうしいな、

とだけ思い、Cはその場を横切ろうとしたが、モヤシ男の足元に散らばっているビラを見て、歩みを止めた。


「超常能力健康教団」


サークルの勧誘を受けていたあのときに、混じっていたビラの一枚だった。

見間違えようもない。

怪しげなサークル名と、スカスカな紙面。

そのビラをモヤシ男は情けない姿で拾い上げている。


「!」


モヤシ男は突然の人影に驚き、ビラを拾う手を休めて見上げた。


Cである。


「手伝おうか?」


「あ、ありがとう」


Cは返事をする代わりに座り込んで、一緒になってビラを拾って集めた。

数分後、ビラはすべて拾い終わった。

手元のビラをモヤシ男にCは手渡した。


「助かったよ。ありがとう」


改めてCに礼をいうモヤシ男。

じっと見つめるC。


「な、なにか?」


男は狼狽気味に返事をした。


「いや、ちょっと興味があってね」


それは本音だった。

こんな脆弱を絵に描いたような男が、おびえながらもガードマンたちの制止も聞かずに大声を張り上げていたその動機が。


ビラの内容についてはわかっている。

とるに足らないものだ。

にもかかわらず、そこまで入れ込んでいる原因はなんなのか?

あんなしょうもない内容のものに夢中になるのはなぜなのだろう?

Cはそのことに対して強く興味を覚えたのだ。


「ほ、本当ですか? 実は僕らは……」


モヤシ男に手の平を向けて、発言を制した。

言いたいことは聞かなくてもわかっているので、聞くだけ時間の無駄だ。


「連れて行ってくれないかな? 君たちの教団へ」


モヤシ男の導きで連れてこられたのは、こぎれいなビルの三階。

広間には畳が敷かれていて、そこには胴着を着た年齢さまざまな百人くらいの男女が、ゆるやかな動きで体操のようなものをしていた。

それを横目で見ながら、Cは奥の事務所に案内された。


「失礼します」


ノック後に「入りなさい」との返事があり、モヤシ男はゆっくりとノブを回してドアを開け、Cを先に通した。


事務所は十五畳くらいの広さで、菩薩像や神棚、教団のシンボルを象ったオブジェと肖像画、高貴さをたたえる紫色の壁紙などなど……目に付くものからCは即座に、


「洗脳する気満々だな」


と思った。


来客用のソファとテーブル、その奥にはどっしり構えた机があり、背後には「心・技・体」と書かれた大振りな大断幕が張られている。


部屋の中には二人の男。

机上で手を組み、背もたれが大きい椅子に腰をかけているあごひげが見事な紫色の胴着を着た中年らしき男と、その横に背広姿の中年男。


「ようこそ、いらっしゃい」


笑顔もなく、平静を装った顔つきで胴着の男はCに挨拶をした。

Cは軽い会釈でそれを返し、じっと胴着の男を見ていた。


「そちらの席にどうぞ」


胴着の男の隣にいる中年男がCに席をすすめた。

Cが座った後、二人の男はCの対座のソファに腰を下ろした。


案内した男はCのことを紹介した。


「館長、この人とは某大の校門で会いました。警備員と揉めたときに落としたビラを一緒に拾ってくれたんです」


それを聞いて胴着の男はCに尋ねた。


「君は某大の学生なのかな?」


例のごとく、言葉を整理してから返事をするC。

次にされるであろう質問を想定しながら。


「ええ、そうです」


「ほう、学部はどこかな」


「医学部です」


「優秀なんだね。で、なんでわれわれの教団に興味を持ったのかな?」


「そうですね。配布されたビラを見ましてちょっと興味を持ちました」


半分嘘、半分は本当。

まずは当たり障りのないところから探りを入れてみようとCは考えた。


「ふむ、どの辺に興味を持ったのかね」


「はい、それは……」


すべて想定内の質問、それにテキパキと答えていくC。

会話はいたってどうといったことはないのだが、胴着の中年の発言には変な説得力と包容感があることが気になった。


「そうだね、君の言うとおりだ。うんそうに違いない」


『これだ』


一言ずつ、かみ締めるような抑揚のある調子に加え、自分にむけてか相手に対してかはわからないが、念を押すような言葉を末尾につける独特の台詞回し。


正直なところ、話の内容から高い知能や教養を嗅ぎとることはできない。

が、しかし、なぜか魅了されてしまう不思議なパワーを備えている。

Cはこれまでに相対したことのないタイプの大人だな、と胴着の男に対して感じていた。


「館長さんは、いろんなことをご存知なんですね」


見え透いたお世辞をいうC。

それに対して、隣にいた中年男は言った。


「そう、館長は博識で慈悲深く、普通の人には見えないものを感じ取るほど霊感が強い慧眼の持ち主なんだよ」


『慧眼ねぇ』


その時、Cはあることを思いついた。


「あの、これ僕の写真なんですけど、なにか感じるものはありませんか?」


そういうと、Cはケータイをポケットから取り出して以前父親に撮影してもらった入学式のときの写真を見せた。


「どれ……」


すると、何を考えているのかわからない、それでいて油断のならない目つきでケータイ画面を凝視する胴着の男。


しばらく間が空く。

安っぽい演技だな、とCは思った。

まぁ、少しでも考えるようなそぶりを見せなければ、この手の客商売としてはなりたたないのだろうからな、と。


胴着の男は、重たそうに口を開く。


「そうだね……聡明で、強い精神がにじみ出ている、屈強な顔つきだと思うよ」


『やはりそんなもんか。あのとき親父が言った、「表情が死んでいる」なんてことは単なる気まぐれだったのだろう。そしてあの女がいったことも』


半ば安心した。

この写真一枚だけで、まるでCのことを知らない人間から最も気にしていることをズバリ言われれば、少しは動揺もしようものなのに、と。


『もういいや。わかった』


ここにこれ以上いても、得るものはないだろう。

巧みに感じた話術も所詮は場の雰囲気に少し脳みそが酔っただけに違いない。

そう思ったが、次ぐ言葉にCは鈍器で殴られたような衝撃を受けた。


「ただ、君の表情よりも、足元の枯れ草のほうが、よほど生き生きしているように見えるかな」

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