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■新興宗教編 その7~過去~


「……」


沈黙。

いつものごとく発する前に言葉を選んでいるのだが、今回ばかりはなにを言えばいいのか思いつかなかった。


「どうしたの? 固まっちゃって?」


ふふっ、と不敵な笑みをCに向けて話しかける女の子。

いや、その落ち着いた物腰は、女の子ではなく「女」というほうがしっくりくるかもしれない。


それにしても、どう見ても同学年の女子とは一回りも二回りもスケールが大きく感じるのはなぜか?

Cは考えてみたがわからなかった。


「ここならきっと会えると思っていた。だってあなたが受ける学校といえば、ここしかないだろうからね」


「ああ」


それを言うのがやっとだった。


「どう? 時間ある? もしよかったらコーヒーでもどうかしら? それとも授業?」


「いや、いいよ。時間ならあるから」


本当は授業があったが、それどころではない。

どう考えてもこの女との話のほうが重要だ。

また、聞きたいことも山ほどある。


「好奇心は猫を殺す」


わかっていたが、Cはこの件に首を突っ込まずにはいられなかったのだ。

◆■◆

場所をカフェに移し、向かい合って座る。

コーヒーのすする音だけが耳に届く。

女からは肝心の言葉が出てこない。


『なにを考えているんだろう?』


こればかりはさすがのCも皆目検討がつかなかった。

早く話を聞きたい。


『なぜ今頃俺に会いにきたのか?』


『妊娠したのは本当か? だとしたら子供はどうしたのか?』


『転校した理由は?』


『俺と同じく、失恋の痛手はあったのか?』


と……。


落ち着き払った女の前に、無力なC。

こんな体験は初めてだ。

いや、違う、あの社会科の糞教師のときもそうだったか……。


女はすべてを知っている。

妊娠後どうしたのかも、なんで転校することになったのかも。

逆に俺は何一つ知らない状態。

聞きたいことはたくさんあるのだが、口に出すことができない。

大体にして、いったいなんて言えばいいんだ?

どれもこれも俺の口から出せないことばかりじゃないか!


それを知ってか知らずか、女はいっこうに話す気配はない。

コーヒーカップを口から放すと、女はカバンからタバコを取り出して火をつけた。

その刹那、Cが言葉を口にした。


「タバコはやめてくれないか? 受動喫煙が迷惑なことは周知の事実だろ?」


Cはタバコが嫌いだ。

だいたいにして、臭くて体にも悪いこんなものを考えたやつはどこのバカだ?

また、吸うやつも大バカだ、というのがCの考えだ。


そんな女の姿を見て少し幻滅し、言えずに吹き溜まっていた言葉が自然と出始めた。


「そう、ごめんね」


そういうと、女はタバコを灰皿に押し付けてもみ消した。


「で、俺に会いにきた理由は?」


幾分気が楽になったこともあり、Cは遠慮のない言葉を言うことができた。

大体にして愚図愚図していてもはじまらないのだから、最初からこうしていればよかったと内心後悔もした。


「別に、理由なんてないわ。ただ、なんとなく、どうしているのかな?と思ってね」


「それは嘘だな。理由もなく、くるわけがない」


「変わらないわね。その考え方」


ふふっ、とおかしそうに女が言った。


「お互いのことを知り尽くしているほどの付き合いではなかっただろ?」


「そうね。でも、少なくともあなたが私のことを知っている以上に、私はあなたのことを知ってはいるわ」


「……」


それはそうだろう。

Cの知らない部分を女は抱えたまま消えてしまったのだから。

女もそのことを言っているのだろう、きっと。


「あの後、大変だったわ。一言でいうと簡単に聞こえちゃうかもしれないけどね。堕ろすの失敗しちゃってさ、もう二度と子供は生めないって、お医者さんが……」


「……」


女がじっと見ている。

Cを値踏みするような視線で。


「家族も離散。私は高校へも行かずにそのままお水の世界へ」


「……」


Cはつとめて平静を装っていた。

しかし、その後女から心外なことを言われてドキリとした。


「なんて暗い顔してんのよぉ!」


小馬鹿にするような笑顔で言葉を続ける。


「ふふふ、焦った? ねぇ焦った? 今の話聞いて」


女は明るくはやし立てた。


「……」


沈黙するCに変わって女は話し続けた。


「そんなの嘘に決まってるじゃん。妊娠も嘘、不順異性交遊が気になったあなたの両親が私たちを別れさせるために考えた方便よ。転校するにあたっては、それなりのお金をもらったみたいだけどね。うちの両親」


それを聞いて、なぜだか肩の荷が下りるのを感じた。

長らく取ることができなかった憑き物が、フッと消えたような軽やかさを確かに実感した。

あの時感じた失恋の痛手すらバカバカしく思えてきた。


「そうなのか……?」


「私は某大の女子大生よ。ボーイフレンドもたくさんいるしね。毎日が充実しているわ」


「そうか、そうだよな。そんなはずはないと思っていたよ」


Cは悟られないように、いつもどおりのポーカーフェイスで独り言のように呟いた。

いや、自身に言い聞かせた。


「その顔、その顔よ。あなたのこと短い間だったけど好きだった。すごく好きだった。本当はあのまま付き合い続けていたかった。けどね、その顔。表情がたまらなく嫌いでもあったのよね」


「顔? 表情?」


「ええ、表情よ。硬くて、とても冷たい。もしかして、あなたって鉱物でできているじゃないの?」


「……」


「私の話、信じても信じなくてもかまわない。でも、ただ言っておきたかったのよ。かつてあなたのことが好きだったってことをね」


『信じても信じなくてもかまわない、だと?』


いったいどっちなんだ?

Cは思い、女に声をかけた。


「おい……」


しかし、女はすでに席を立ち、Cに振り返ることなく店を出て行ってしまった。

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