■新興宗教編 その6~過去~
大学生になったことでよくなったことのひとつに、あらゆる束縛から解放されたこともあげられる。
高校までは授業も時間割で縛られて窮屈だったし、家庭においてもどんなに遅く帰ろうが無断外泊してもなにも言われなくなった。
とはいえCの家はやることさえやっていれば必要以上に干渉しない家庭だったので、きちんと結果を残していた(というより当然のようにこなしていた)Cは特に親からとやかく言われることもなかったが。
世間的にも大学生と高校生とでは違う目で見られる。
ほんの数ヶ月前までは高校生だったにもかかわらず、大学生という肩書きがつくだけで「大人」としての扱いを受けるようになった。
そして、今日は無断外泊した日の朝。
「ねぇ、ご飯は食べていくの?」
女が聞いた。
「いや、もう出るよ」
シャツに袖に腕を通しながらCは答えた。
「学生さんは大変だわ。それじゃ、また今度ね」
「ああ、それじゃ」
支度が済むと、女を見ることなく部屋を出た。
「あ~あ」
全身から声を絞り出し、朝日を全身に浴びながらCは大きく伸びをした。
「ふぅ」
一息ついて、昨夜のことを考え直していた。
『うまく行き過ぎてつまらないな』
Cは昨夜、バーにいた女をナンパして意気投合してそのまま女の部屋へとなだれ込んだのだ。
ナンパは楽しい。
口説きの文句を考えるのも、相手が欲しているセリフをタイミングよく投げかけて成功したときも、そして若く美しい体を手中に収めることも。
人間の観察は自己の投影でもある。
会話を通してうまくいったときも失敗したときも、すべては糧となる。
声調子を変えたり、身振り手振りを交えたり、いろんな方法で試して相手を知り、己をも知る。
某大というブランドも、女の心をくすぐるのには効果を発揮することもわかった。
どうせつけるなら、アクセサリーはきらびやかなほど、豪奢なほどいいに決まっている。
その手の女にとって男とは、体のいいブランド品と同じだ。
その志向が強い女ほど、この手の肩書きに弱いということも知っている。
場合によってはわざと中卒と偽って女を口説いてみたりもするが、とたんに成功率は低くなることも知った。
劣等を嫌うのは、種の保存という女特有の感性が、自分にそれが侵入することを防ぐという本能からなのだろう。
勉強をしている人間に共通していることだと思うが、Cもまた性への目覚めはかなり早熟なほうだった。
本やインターネットを見れば、いくらでも手の届く範囲にその手の情報が散逸していることもあった。
また、クラスメートの自慢話などもチラホラ耳にはしていたが、Cはそんな猿自慢には興味がなく、あくまでも知識としての好奇心を強く刺激された。
小学校高学年のころから自慰を試み、中2のとき初めてクラスの女の子と付き合ったのを機にその欲求は爆発した。
多忙な両親、塾通いの兄姉のいない隙を見計らって女の子を連れ込み、初めて行為に及んだ。
すでにやり方や性器の構造などは知っていただけに、セックス自体に特別な感動はなく「こんなものか」というのが感想だった。
相手の女の子も初めてだったにも関わらず淡白な対応だった。
彼女もまた、Cと同じことを思ったのかもしれない。
ただ、射精の開放感はいかなCでも抗いがたく、ちょくちょく女の子を呼び出しては行為に及んでいた。
しかし、あることをきっかけに情事は終わりを告げることになる。
あろうことか、女の子を妊娠させてしまったのだ。
ある夜、部屋に訪れた母親がいきなり切り出した。
これにはさすがのCも狼狽した。
『そんなはずはない……』
行為の際には必ず避妊していたし、危険日も避けていた。
なのに妊娠!?
その後のことは知らない。
お互いの両親が話し合いでもして、なんらかの解決をしたのだと思われる。
Cがそのことが解決したのを知ったのは数日後。
女の子が突然転校したことで、そのすべてを理解した。
Cの両親は学校の卒業生であると同時に、子供たちも通っているこの学校に多大なる寄付金を納めているだけに、その手のことは朝飯前だったのだろう。
両親からは、その後特にお咎めはなかった。
母親から性教育についてのアレコレをレクチャーされただけだった。
もちろんその話はすべて、すでにCが知っていることではあったが。
その後女の子がどこに行ったのか知らないし、子供をどうしたのかも不明のまま。
Cは初めて憂鬱という気持ちに駆られた。
といっても、先に述べた妊娠のことや女の子の消息ではない。
女の子と別れた後の、不思議な喪失感についてだ。
「失恋」
思い当たるのはたぶんこれだ。
いや、これしかない。
辞書やインターネットで調べてみても、該当する内容はこれしか見当たらなかった。
俺はあの子を愛していたというのか?
ただ、やりたいだけのために付き合っていた女だと自分の中では思っていたのだが、実は違ったというのか?
しばらくの間そのことが頭から離れず、食欲もわかなかった。
失恋は心の病ではない。脳の病気だ。
いうまでもなく、それを考え煩悶するよう仕向けているのがほかならぬ脳だからだ。
なのに、胸の辺りに何か足りないものを感じる。
疼き、チクチクと痛く、物悲しい。
『あの子も俺と同じような喪失感に打ちひしがれているのだろうか?』
それを考えると、なんともいえない罪悪感に襲われた。
こんなことなら、もっと愛し、かわいがってやればよかったと。
思い出らしい思い出も作らないまま、二人は別れることとなった。
いや、そんなものがあったほうが、余計に辛い思いをすることになったのかもしれない。
そんな、わかっているはずなのに割り切れない感情にCはひどくいらだちも覚えた。
自身を御すことのできない情けなさ。
勉強をし、知識が人並み以上についているだけに、理解できないことには恐怖や不安を覚えた。
そんな体験があってか、以降Cはあえて金で女を買ったり、一夜限りの相手だけと行為をするようになっていた。
付き合い、というものが付随する相手とは関わりを持たないようにした。
もう二度とあんな気持ちにはなりたくない。
意味のわからない「失恋」などという痛みには、悩まされたくないと思ったからだ。
その数日後、例の女の子と会った。
偶然などではない。
某大の校門に寄りかかり、登校したCを見るなり話かけてきたのだ。




