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■新興宗教編 その5~過去~


大学生活は悪くない。


高校とは違って、好きな科目を自由に受けられるというシステムが新鮮で楽しくもあった。


校門では新入生をキャッチしようと、たくさんのサークルの人たちが声をかけてくる。


『いろんなサークルがあるんだな』


テニス、空手、アニメ、映画etc……ビラには色使いや縁取り、書体などに趣向を凝らしたものが多く目に付くが、たぶんたくさん手渡されるであろうビラの中でもひときわ目を引くようにと考えてのことだろう。


印象に残りやすく目に留まりやすいカラーや書体、大きさ。


そんなものをデザインに関する書物で読んだことがあるのを思い出した。

ビラにはそれを意識した作りのものがほとんどで、細かいところにまで知恵を回していることにCは少なからず関心を持った。


知性を感じさせるものはいい。


『これはキープ、これはいらない』


キャンパスの歩道にあるベンチに腰をかけ、手渡されたビラに目を通しつつ興味のあるものとないもの以外にも、知性が感じられないものも除外しながら次々に目を通していく。


そんな中において驚くほどスッカスカなビラが紛れ込んでおり、これまでの賑やかな調和を乱す違和感が逆にCの目を引くことになった。


「超常能力健康教団」


そう題されたタイトルの下には、心理だの超常現象がどうのという、胡散臭いことが羅列されていた。


『いまどきこんなもんに引っかかるバカがいるのだろうか?』


笑いをかみ殺しながら、そこに展開されている陳腐な内容に軽く目を通すと、いらないほうのビラの束により分けた。


その時、ビラの上に人影が落ちたのに気がついた。


見上げると女の子が立っている。

それなりに、かわいい。


「サークルは決まりましたか?」


突然話しかけてきて断りもなくベンチの端っこに腰を下ろした。


「……」


Cは言葉を発する前に、必ず頭の中でしゃべる内容を整理する癖がある。


しゃべろうとしている言葉は場違いではないか?


返答としての間違いはないか?


早とちりではないか?


と。


場合によるが、大体はホンの1秒未満。

よって、会話に間ができるということはほとんどない。


「君は?」


目をじっと見つめて話しかけた。


目力に、Cは自信があった。


これまで生徒会長やなんらかの実行委員会など、人を指導したり使う立場にいることが多かっただけに、その目は常に力に満ち溢れていた。


その視線に射抜かれたのか、相手は少し気圧され気味なのがCにはわかった。

Cに話しかけたことを少々後悔しているということまで、その顔には書いてある。

たぶん後ろめたい動機のある話なのだろう。

一瞬にしてCはそこまで読んだ。


「あ、あの、耳寄りな話があるんだけど?」


女は少し緊張ぎみに話を切り出した。


「へぇ……どんな話?」


つとめて平静に返答をしたC。

それを見て相手は少し気が緩んだのか、調子を取り戻して話をし始めた。


「実は私、旅行サークルに入っているんだ。そのサークルが取り仕切っている会に入会すると、激安でいろんなチケットを購入することができるのよ! ぜったいお得だと思うんだけど、あなたよさそうな人だから声をかけたのよ。誰にでもってわけじゃないのよ」


「ふ~ん。どうすればいいのかな?」


Cが話しに食いついたと思ったのか、女の子はとたんに饒舌になってあれやこれやと怒涛のごとくまくし立てる。


「ざ~んねん! いまは、この話はここまでしかできないのよ! もし、興味があるなら、入会手続きするから私についてきてくれない? ね?」


「20点」


Cは女の子を見ながら言った。


「えっ?」


当然なんのことかわからずに聞き返す女の子。


「君の話術の点数だよ。俺に見つめられたとき、少し気圧されただろう? そんなことで臆してしまうようじゃ、相手の心なんて摑めやしないさ」


見透かされた!

そう感じた女の子はとたんに怒気をこめてCに噛み付いた。


「なによ! 私があんたに何を言ったっていうのよ!」


ふふっ、と鼻で笑いながらCは続ける。


「模糊とした情報で煙に巻こうとするのと、誰にでもじゃないっていうスペシャル感を与えるのは常套手段なんだろうね。あと、話術についてだけど、全体的に一本調子なんだよ。言葉にアクセントを乗せる場所ももっと考えたほうがいいと思うよ」


「な、何言ってんの、こいつ!」


「それじゃあ聞くが、旅行サークルはどの建物の何階にあるんだい? 人数は? 会長の名前は?」


「うっ……」


Cは無論、旅行サークルのことなどひとつも知らない。

適当にカマをかけてみたまでだが、女の子の動揺ぶりを見るにサークルの話は怪しい。

というより、黒だろう。


「声と言葉は別物さ。どんな陳腐な言葉だって、語り手、その声次第で荘厳な一編の詩となりえる。その逆もまた然り、なのさ」


青ざめる女の子の顔を見つめながら、なおも続ける。


「その旅行ナンチャラいうもの、ねずみ講かなんかのたぐいだろ? 君はアルバイトでやっているのか、それとも洗脳されているのかはしらないけど、やめておいたほうがいいと思う。少なくとも、今の君には人を魅了する才能があるとはいえないから。ま、止めはしないけどね」


やれやれといった表情のC。


「そこでは勧誘の仕方のマニュアルなんかはないのかい? 俺でよければ添削してあげるよ。たぶん、いまよりも成功率は上がると思うけどな」


図星をつかれたのか、女の子は悔しさと恥ずかしさでわなわなと震えている。


「君はこの学校の生徒じゃないよね?」


「うるせぇバカ!」


キレた女の子に構わずCは続けた。

ダメ押しの一言。


「どうやらそのようだね。でも安心したよ。君のような低脳と同じ学び舎で勉強しているのかと思うと、こっちまで悲しくなってしまうからな」


「死ね! ば~か!」


女の子は罵りの言葉を吐き捨てるなり、その場を去った。


「ふん。益体もない」


Cは要不要に分別したビラを持ち、いらないほうをベンチの横のゴミ箱に捨てた。

まだ春の日差しは弱く、風が冷たい。

春から夏へと切り替わるスイッチはどこにあって誰が入れるのか? などと、つまらないことを考えながら、帰路についた。


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