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■図書館の少年編 その2~過去~9

孝は回復を待つために少しでも話を引き延ばすべく、暴漢に話しかけた。


「待て! 俺は探し物を見つけに来ただけだ! 危害を加えることはしないからここは穏便にすませてくれ」


孝は言うが、男は聞き入れない。


「%&#(=~|」


暴漢の言っている言葉がまるで理解できない。

会話にならなければすぐに戦うはめになる。

そのとき、下の階でバタバタと足音が聞こえて人が外に出る気配を感じた。

少年が身の危険を感じて逃げて行ったのだろう。


『逃げたか……二人ががかりなら少しは楽になったかもしれないが、仕方がない』


暴漢は下の階の物音に一瞬気を取られたが、もう一人は逃げ出したのだと思ったのか、また孝に視線を向けて攻撃態勢を緩めない。


「コロス」


じりじりと寄ってくる。

孝は先ほどの攻撃によるダメージが、まだ完全に回復していない。


『くそ! 頭がふらつく』


激しい焦りにかられる。

その時暴漢は胴を狙うように鉄棒を振り回して、孝に襲いかかってきた。


「ガシ!」


かろうじて、手持ちの鉄パイプで攻撃を防ぐ。

二度目、胴。

三度目、胴。

四度目、胴。

五度目、突き……と、休みのない攻撃から身を守るため、一撃一撃を裁くのに骨が折れた。


間もなく部屋の角に追いやられたところで、片言の暴漢は孝に言った。


「シ、ネ」


逃げ場のなくなった孝。


『……』


そうすると片言の暴漢は勢いよく鉄棒で突きを繰り出してきた。


「ザク!」


何かを貫く音がした。

◆■◆

「はあはあ……」


少年は肩で息をしながら、膝に手をついていた。

そんな距離を走ったわけではないのに、全速力かつ基礎体力のなさですぐにバテてしまったのだ。


『まさか人がいたなんて……びっくりした』


そう、少年は探し物のある家で敵らしき者がいるのを感じ取るや、一目散に逃げ出したのだった。

かつてはいじめの対象だっただけに、身の危険を回避する能力だけは実に長けている。


「はあ……」


最後の深呼吸をすると、少年は考えた。


『あの人、大丈夫かな?』


少年はなおも考えた。

放っておいていいのだろうか?と。


『いまいったら、危ないし』


しかし、思い直す。

だが、本当に放っておいてもいいのだろううか? と。

そして、さらに考えた。


そう、こんな世界になってから、まともな人間らしい人間にあったのは初めてのことではないか? と。


ましてや昔からいイジメれっ子で、人から助けてもらうことなどなかった少年にとって、孝の今回の手助けはちょっとした嬉しい事件だったといっても過言ではない。


『それをあだで返すのか?』


迷う少年。

そして、間もなくすると踵を返して、元来た道を走りだした。


◆■◆


「ザク!」


何かを貫く音がした。


「クッ!」


暴漢が悔しがる声を出した。

そう、繰り出した突きは、孝にかわされて部屋の壁をぶち抜くだけに終わったのだ。


しかし孝には、それは分かっていた。


狭い室内で棒を操るとなれば、横振りか突きしかないと。

振りかぶっての攻撃では天井に棒が当たってしまい、攻撃できないからだ。

実際暴漢の攻撃は、角に行くにつれて胴から突きに変わってきた。

それは当然、角に行くほど胴ですら壁に引っかかるのだから、攻撃方法を突きに変えざるをえないという状況にあったからだ。


そこで部屋の角での攻撃となると横振りができないので、攻撃は突き一択。


突きのタイミングだけを見計らっていれば、攻撃を食らうことはないと孝は読んだのだ。


そして、その読みが見事に的中した。


暴漢は棒での攻撃が無意味と気付いたのか、今度は素手で襲いかかってきた。

孝も鉄パイプを捨て、臨戦態勢に入る。


間もなく取っ組み合いとなった。

しかし、分は暴漢にあった。

孝には先ほど不意打ちを食らったダメージがまだ残っていたからだ。


間もなくマウントポジションを取られ、首を絞めにかかられた。

暴漢はブツブツと、どこかの国の言葉を呟きながら次第に力を込めてくる。


『くそ! もはやここまでか!』


心の中で悔しがる孝。


『梢!』


薄れていく意識の中で、梢の姿が頭に浮かんだ。

そして、その時、


「ガン!」


「う!」


鉄で肉体を殴りつけた音が響いた。

音からしてかなりか弱い一撃だったが、不意打ちを食らった暴漢は驚き孝の首を絞める力が一瞬弱まった。


「ガン!」


さらに攻撃を加える音がした。

二度目の攻撃は効いたのか、頭を押さえて痛がっている。


そのタイミングで暴漢の首絞めから解放された孝。

意識はまだ朦朧としているが、この機会を逃さず反撃に出る。


殴り、ケリ、そしてまたケリ。


暴漢はうずくまりながら、身動きしなくなった。


「ま、まさか死んじゃったの!?」


少年が言った。

そう、少年は間一髪のところで駆けつけて、孝を救ったのだった。


「ありがとう。助かったよ」


まず少年に礼をいうと暴漢の脈を調べてみた。


「まだ脈はあるから、気絶しているだけだろう。探し物が見つかるまで静かにしていてもらおうか」


そういうと孝は部屋の中から縛れそうなものを見つけ出し、片言の暴漢の手と足を縛った。


「これでよし」


場の安全を確保したところで、また探し物を続けた。

間もなくすると、下の階から「あったー!」という声が聞こえてきたので、孝は一階に下りた。


「見つかったのか?」


孝が少年に声をかけた。


「うん! これだよ。間違いない」


そういうと、さっそくページを繰り出す。

数ページ目に、急に少年が手を止めた。


「これだよ! これ! 見てごらん!」


少年は笑顔で指さす先には、裸の男女の絵が載っていた。


「これは……」


そう、そこにはまぎれもなく自分がいた。

そして、見慣れた女の顔が。


「ティツィアーノ作、アダムとイブさ。間違いなく僕たちだろう?」


少年は語りかけるが、孝は瞬きもせずに画集を見続けている。


「いったいどういう意図で」


独り言を言う孝。

少年はなおも続ける。


「86億のアダムとイブさ。もしかしたら、この奇病、なのかなんなのかはしらないけど、これを実行した人は、一度人類をリセットしたかったのかもしれないね」


「……」


少年の言葉を黙って聞く孝。

ジョンとヨーコ、シドとナンシー、ボニーとクライドetc……永遠の男女は数いるが、まさかこの顔がアダムとイブだったとは。


その後、そっと画集を閉じた。

少年はその画集を手に取った。


「ありがとう。君のおかげで、この顔のことは分かったよ」


「うん。でも分かったところでどうなるわけでもないんだけどね」


「確かにそうだな」


二人、微笑。


「さて、わかったところで、長居もしていられない。そろそろ出かけるとするか」


少年は名残惜しそうに口を開いた。


「こんな遅い時間に? 明日じゃダメなのかい?」


「ああ、こうしている間にも梢の身に何か起こっているかもしれない。それを考えるといてもたってもいられないんだ」


「そうかい。それじゃこれでお別れだね」


「ああ、ありがとう。人間らしい人間に初めて会えたのがうれしかったよ。なんだか少しこの世界にも希望がもてるような気がしたよ」


「それは僕もいっしょさ。こんな世の中だけれどお互いに頑張ろう!」


少年は右手を差し出した。

孝も手を差し出し握手をした。


「それじゃ」


「さよなら。気をつけて」


そういうと、孝は振り返ることなく行ってしまった。

◆■◆

住宅地の駐輪場にあった手頃な自転車を見つけて鍵を破壊し、サドルにまたがった。

やはり徒歩と違って自転車は、早くて快適だ。

なんとなく空を見上げる。

満天の星空だ。


「はあ、きれいだ」


人間がどうなろうと自然はまるでお構いなし。

自然界からの視点では、いま人間に起きていることなどとるに足らないことでしかないのだろう。

星も海も、草も動物も虫も、まるで変わりなく生きているのだから。


◆■◆


20XX年7月18日 日本・某所 06:50


翌朝。少年は目を覚ました。


朝食はいつも通りのカップラーメン。

なのだが、いつものように美味しく感じない。

本をパラパラめくる。

なぜだか読む気がおきない。

ふと、孝のことを考えた。


『いまはどの辺かな』


遠い目をしながら考えに耽っているその時、少年のケータイはけたたましく音を響かせた。

驚きながらもケータイのディスプレイに目をやって、送信相手がわかった途端心の底から笑みがこぼれた。

通話ボタンを押す。


「もしもし!」


相手は母親だったのだ。

生きていたのだ。


父も妹も祖父母も全員無事だと言う。

それを聞くと、涙がこぼれた。

そして孝がなぜああまでして恋人との再開を切望していたのかがわかった瞬間でもあった。

また、自分がいかに恵まれているかということも。


両親らはこちらに来ると言っていたが、それにはストップをかけた。

妹や祖父母がいることを考えると、大移動は危険に思えたからだ。

そう言うと、母親は驚きの声を上げた。


ものぐさでルーズ、怠けることばかりを考えていたそれまでの少年の性格が言わせた発言とは到底思えなかったからだ。

それは少年自身も自分で言ったことにも関わらず不思議に思ったことなのだが、それでも今はそんな自分の考えに従いたい。


悪い変化ではないはずなのだから。


電話を切ると、早速出かける準備を整えた。

用意が済み、家族が待つ場所に向かう。


そして落ち合い、安心した後にはZ市に行ってみよう。

転校生がいるであろう母親が住む家へ。


たぶんいるはず。

きっと会えるはず。

そして、コンプレックスがなくなったこの時代であれば、以前よりもずっと仲良くなれるはず。


こんな時代だからこそ、いや、どうであろうと変わらなければならなかった。


少年は小さな成長を遂げたのだ。


そしてドアを開けて、図書館から一歩踏み出した。

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