⑦ 自室にて
自分の部屋に戻って来たサン・ジェルマンは、早速、毒人参ジュースの解毒剤製作に取り組んだ。つまり有毒性のアルカロイドを分解できる成分を持つ薬を作ればイイのだ。彼にとっては造作も無い事だった。
そして紀元前399年4月27日。
再び伯爵は、ソクラテスの牢屋内にやって来たのである。
もちろん今日も、光学迷彩の透明モードを使用している。
鉄格子ごしに、牢の番人から毒杯を受け取ったソクラテスが、何の躊躇も無しに、それを飲み干す。
(見事な覚悟だ……いや、やっぱりこの人、バカなのかな?そうじゃないな、きっと馬鹿正直なんだ)
サン・ジェルマンは、この期に及んで、よく分からなくなってしまった。
(しかし、予定の行動は、粛々と進めなければ……)伯爵は気を取り直す。
目の前のソクラテスが痙攣を起こし、泡を吹き始めた。呼吸困難に陥ったのだろう。ソレを牢の番人たちが、その場から離れずに、じっと見守っている。
(ええい、構うものか。やってしまえ!)
透明なサン・ジェルマンは、ソクラテスの首筋に解毒剤の注射を打ち、そのまま彼の身体を抱き寄せると、ポータブルタイムマシンのスイッチを入れた。
すると、それまでブルブルと震えていたソクラテスは、番人たちの目の前から、忽然と居なくなってしまったのである。番人たちは自分の目を疑ったが、ソクラテスが、まるで聖人のように、"肉体ごと天国に行った"……などという噂が立ったら面倒だと、ただちに判断した。
そこで遺体は牢獄の方で、責任を持って土葬する事にした……という口裏を合わせたのだった。だから彼の遺体がどうなったのか、正式な記録上、曖昧になっているのである。
一方、ソクラテスとともに自室に戻ったサン・ジェルマンは、取り敢えずその哲学者を、自分のベッドに寝かせた。伯爵の計画はここまでだった。とんでもない見切り発車だった。
(さて、これからどうするかな?)
暖炉の前の安楽椅子に、ドッカリと腰を降ろすと、漸く伯爵は、今後の事を考え始めた。
幸い、この屋敷には客室が沢山ある。回復したソクラテスの、滞在には困らないだろう。その先は……彼を先生にした教室でも開くか?しかしながら、果たしてソクラテスは、その依頼に対して「うん」と言うだろうか?
そこまで考えた時の事だった。
突然、暖炉の前に、今までに一度も見た事が無い、とある青年が現れたのだ!
その青年は、不思議な衣装を着ていた。修道服のようにフードが有るが、丈が短く、色はグレー。それに硬そうな素材の生地の、紺色のズボンを履いていたのだった。




