⑤ 満足せぬ者
サン・ジェルマンに声を掛けられた、その70歳の老人は、薄暗い牢の寝床の中から、ゆっくりと身体を起こした。そして、姿の見えない伯爵に向かって、落ち着いた口調で質問した。
「キミは何だ。精霊か?」
「ソクラテス先生にウソをつくのは、憚られますので、信じられない事は重々承知の上で、正直に申し上げます……」
「大げさな前フリだな。もったいぶらずに、早く言い給え」
「私は……未来の世界からやって来た、サン・ジェルマン伯爵と申します」
「ほう、大ぼらも、そこまで行くと、爽快だな」
「今から、証拠をお見せいたします」
伯爵はそう言うと、辺りに番人の姿が無い事を確かめてから、光学迷彩の透明モードを解除した。
「……どこの国からやって来たかのは知らんが、見事な手品だな」
何もない所から、突然現れた彼の姿をみても、ソクラテスは泰然として、動じなかった。
「この芸当をご覧になっても、驚かれないのは、流石でございますね」
「全ての現象は、科学の理論で、説明が可能だからな。キミが未来からやって来たのなら、そんな事もあるのだろう」
「では、信じて頂けますか?」
「目下のところ、他に良い理由付けが出来ないからな」
「ありがとうございます」
「それに、後ひと月もすれば、ワシはもうこの世にはおらん。だから、今ここで何が起ころうと、大した問題では無いのだ。無論、キミがこの世の理の外の存在……つまり神でも悪魔でも同じ事だ」
「では、どうあっても先生は、毒杯を仰いで、死刑を受け入れるおつもりなのですね?」
「まさかキミまで、"お命を救いに参りました"などと、言うんじゃ無かろうな?」
「……それは一体、どういう?」
「もしそうなら、そんな世迷言を囁くヤカラは、キミで3人目だという事だよ」
「ええっ!?」
コレには、流石のサン・ジェルマンも驚きを隠せなかった。
「最初に現れたのは、日本人の青年だった。二人目も日本人の……セーラー服とかいう、珍妙な衣装を身にまとった少女だった。二人とも、目の前に突然現れて、キミと同様の事を言い、また忽然と消えて行ったよ」
青年の方は、心当たりが無かったが、少女の方は雪子さんだなと、伯爵は思った。
そして、ソクラテスという偉大な頭脳を、この三次元世界から失うまいと、動いたタイムトラベラーが複数人居ても、何ら不思議は無い。サン・ジェルマンはそう思った。




