⑯ アヌビス王子
その後サンジェルマンは、元の世界に帰るために、その場に座り込んで、太陽電池に光を集めつつ、手巻きレバーを使った昔ながらの方法で、ポータブルタイムマシンの充電を行っていた。するとまた、彼の背後から、ヘブライ語で声を掛けて来る者が在った。
「もしもし、そこのニンゲンの青年よ」
伯爵が振り返ると、姿が見えない。
「いや、こっち、こっち」
そう言われて、目線を下に移動させると、そこに黒い柴犬のような者が、二足歩行のスタイルで立っていた。
「さっきは、危ない目に合せて済まなかったね。だが、私が出て行くヒマも無く、バステトが来て暴れて行ったので、顔を出しそびれてしまった。大変申し訳ない」その柴犬は、そんな事を言って、彼に頭を下げた。
「……ええっと、アナタはどちら様ですか?」
サン・ジェルマンは、取り敢えず尋ねてみる。
「おお、これは申し遅れました。私は犬王子アヌビス。いずれ近いうちに、犬王になるオトコです」
と、その可愛い黒柴は挨拶した。
もうさっきから、猫やら犬やら……何だか悪い冗談のようだった。
「我が一族の像を、破壊する者たちのとばっちりで、アブナイ目に合せてしまった。そのお詫びと言ってはなんですが、貴方に面白いモノを、お見せしましょう。私について来て下さい」
その黒柴はそう言うと、向かって左側のスフィンクスの、左前脚の付け根辺りに向かって歩いて行き、伯爵に向かって手招きした。そこには、いつの間にか、ポッカリと四角い穴が開いており、近づくと、下に向かって降りられる階段が見えた。
サン・ジェルマンは、少しだけ躊躇したが、直感で、アヌビスと名乗る者に悪意は無い、と判断した。そして大人しく、黒柴について、穴の中の螺旋階段を降りて行ったのである。
左のスフィンクスの、真下にあたるその場所は、思いの外広い地下空間だった。そして、どうやらそこは、四方の壁中に、沢山の書物や巻物が納められた、ある種の図書館のようだった。
よく見ると、その中央辺りに、若干の座席スペースが有る。つまりここは、むしろ極個人的な、図書室という事なのか?
伯爵が、そんな疑問を込めた眼差しを、アヌビスに向けると、彼は言った。
「ここは、三次元空間に疑似的に再現された、"アカシックレコードの間"なのですよ」
「……えっ?」
そして二人並んでその座席に座ると、こうも言った。
「更につけ加えるならば、今座っているコレは、ホンモノのアカシックレコードと、我々三次元の住人とを繋ぐ、言わば瞑想を増幅するための、一種の装置なのです」




