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第8話



「というわけで、実験のせいでした」


「そうか」


「…それだけですか?」


「原因が分かったんだろ」


「わかりましたけど」


ダレルの執務机の前で、カレンはなんとも言えない顔をした。

何か事件かもしれないと、騎士団にまで調査をしてもらった挙句、原因は同じ魔道具管理室の第一が行っていた実験だった。


文句の一つくらい言われても仕方がないと、重い足を引きずって騎士団本部までやって来たというのに、彼は拍子抜けするほどあっさりと受け入れた。



「もう止めたんだな」


「はい。第一の室長にも、うちの室長から連絡させたうえ、実験の停止も確認済です。再発する恐れは今のところありません」


ダレルはそれ以上問い返すことなく、一つ頷く。

来る前に考えていたよりも、ずっと淡々と報告は進んでいた。

少しだけ肩の力が抜ける。



「散水機の陣はこのあとこちらで修復します。明後日には使えるようになっているかと」


「わかった。必要なら人を出すが」


「いえ、修理の者が来る旨だけ伝えていただければ大丈夫です」



必要な報告はこれで終わりだ。

原因は分かり、実験も止めた。壊れた設備も直せる。これ以上問題になることはない。

それでも、騎士団まで巻き込んだことがなかったことになるわけではない。


カレンは居住まいを正した。


「同じことはないかと思いますが、もし似たような話があればご連絡いただけると幸いです」


原因を作ったのはカレンではない。それでも、同じ魔法塔の人間が起こしたことで、騎士団に余計な手間をかけさせたのは事実だった。

この度はお騒がせしました。そう続けて、一礼する。

頭を戻すと、ダレルはまっすぐこちらを見ていた。



「おまえが謝ることじゃない」


「原因を突き止めてくれたんだ。助かった」



来た時からどこかに残っていた気まずさが、ようやく消えていく。代わりに胸の内に広がったものをそのまま映すように、自然と笑みがこぼれた。



「調査にご協力いただいたおかげです。私一人では、こんなに早く辿り着けませんでした」


「そうか。ならお互い様だな」



そう言ったダレルの目元が、ほんの少しだけ緩んだ。

笑ったのだと気づいたのは、一瞬遅れてからだった。









***








それから数日して、カレンはすっかり日常を取り戻していた。


第一から割り込みで来る申請をあしらい、積み上がった資料を確認して、気になる箇所に印をつけて返す。

次から次へと降ってくる仕事を捌くのは、カレンにとってまさに生きがいだ。



「カレン、第一からですって」



アリシアが数枚の資料を机の端に差し出した。

手元の術式から目を離さないまま、空いている場所を指す。


「そこに置いて」


「今日中に見てほしいそうです」


そこでようやく顔を上げた。


「いつ来たの?」


「今です」


「今日は無理ね」


「言うと思った」


アリシアは笑いながら、言われた通り資料を机の端へ置いた。今日中に片付ける仕事は、すでに十分すぎるほど積み上がっている。

後回しにすると面倒な第一からの依頼は普段なら先に捌いてしまうのだが、今日はそこまで手を回す余裕もない。



「最近、第一からの割り込み多くないですか?」


部屋の入口近くで受付をしているブレットが、こちらを振り返る。

第一からの申請を受け取ることも多いだけに、さすがに気になったらしい。


「あの実験止められて暇になったんじゃない?」


アリシアが軽口を叩く。


「暇になると申請増えるんですか?」


「――あの人たちは増えるの」


純粋に首を傾げるブレットにそう返して、カレンは再び手元の仕事に視線を落とした。


手元の資料に残っていた確認を終え、最後の一箇所に印をつける。書類を返却用の箱へ入れて、一息ついたところで窓の外へ目を向けた。

今日もあの銀色の姿はない。カレンは視線を机へ戻し、次の資料を手に取った。



この魔道具の資料を見るのは、もう三度目だ。

二度も同じような指摘をして差し戻したというのに、また似たような誤りが残っている。

さすがのカレンも、これには少し辟易した。印をつけ終え、顔を上げて庭を見る。


やはり銀色はない。

小さく息を吐いて、次の資料に手を伸ばす。



「…………」



伸ばしかけた手が止まった。


そういえば、今日は何度庭を見ただろう。

今日だけではない。昨日も、一昨日も、仕事の切れ目になるたび窓の外へ目を向けていた。


以前はこんなふうに庭を眺めていただろうか。


「……いつから?」


銀色が見えたから、庭を見ていたはずだった。

今は、庭を見てから銀色を探している。


銀色が見えた日は、不思議と仕事がうまくいく。

けれど、ここ数日だって仕事は順調だ。



庭で探しているものなら、もう分かっていた。





騎士たちに短く指示を出す姿も、散水機の前でずぶ濡れになっていた姿も知っている。

仕事に厳しく、けれど休む時には平然と庭で昼寝をすることも。



『そうか。ならお互い様だな』



最後に見た、ほんの少しだけ緩んだ目元まで浮かんで、カレンは手元の資料に視線を落とした。



一連の騒動はもう片付いた。

騎士団へ出向く用事も、ダレルから呼ばれる理由もない。

次に顔を合わせる予定など、どこにもなかった。








また庭で寝ていればいいのに。















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