第6話
「……何をしてるんですか」
「見ればわかるだろ」
「見ても、副団長がずぶ濡れになっていることしかわかりません」
『三件目かもしれない。すぐに来てくれ』
その手紙を受けとったのは昼を少し過ぎた頃だった。
手紙を持ってきた騎士に連れられ、庭へ出る。
見慣れた銀髪からぽたぽたと水が滴っていた。
今朝は陽の光を弾いていたそれが、今はすっかり濡れて額に張りついている。
「散水機が暴走したようだ」
「そのようですね。副団長はどうしてこちらに?」
「寝ていた」
ダレルの視線がベンチに向く。
窓から銀髪が光っているのを見かけたのはほんの数時間前の出来事だった。
「……それで巻き込まれたんですか」
「そういうことだ」
いつもなら少しくらい物事がうまく進むはずなのだが。
今のところ、あまり幸先がいいようには見えない。
「停止操作は試みたが止まらなかった」
うんざりとした表情を隠さないダレルがそのまま言葉を続ける。
カレンは散水機へ視線を向けた。
本来なら庭木へ穏やかに水を撒くはずの散水口から、勢いよく水が噴き上がり、すっかり噴水と化している。
止まらないのであれば、物理的に力の供給を断ち切るしかない。
「魔石を外してみましょうか」
「近づくと濡れるぞ」
「見ればわかります」
魔石は散水機の根元にある。
濡れずに辿り着くのは、どう見ても無理そうだった。
カレンは長い濃灰の髪を一つにまとめると、そのまま水の中へ踏み込んだ。
数歩も進まないうちに、服が水を吸って重くなり、散水機のそばに着くころには体の乾いている部分を探すのが難しいほどだった。
濡れて柔らかくなった地面に膝をつかないよう、そろりと屈み、機器から魔石を外す。
辺りに雨のように降り注いでいた水が止まり、庭には静かな風の音だけが残った。
「同じ系統か」
「はい」
「陣は?」
「今見ます」
近づいてきたダレルに言葉を返し、石の奥に嵌められていた魔法陣を確認する。
陣そのものは当然前の二件と違う。
だが、その一部はやはり、一方向へ引き伸ばされたように歪んでいた。
「……同じですね」
「引っ張られてるのか」
「ええ」
ダレルが眉を寄せた。
「三件目だな」
「はい」
三件目で間違いない。
同じ系統の魔石以外に、三件を繋ぐものはないだろうか。
カレンは魔法陣から顔を上げ、ゆっくりと立ち上がった。
***
ダレルの部下が持ってきたタオルを借りて濡れた服の水気を取りながら、カレンは事の経緯を確認した。
彼女が来るまでの間に、ダレルは庭師から一通り聞き取りを済ませていたようだ。
「散水機は使い慣れたものですか?」
「そうだ。操作も普段通り。異常が出てからは触らせてない」
「暴走する直前に、何か普段と違うことは?」
「ない。植え替えの後だったから、いつもより出力を上げたとは言っていた」
「強めの出力……」
カレンは服を拭いていた手を止めた。
出力を上げた。それなら、前の二件はどうだっただろう。
まず思い浮かんだのは、最初に調べた騎士団の設備だった。
カレンはタオルを手にしたまま、ダレルへ顔を向ける。
「……副団長」
「なんだ」
「最初の凍結防止設備ですが。故障した前夜、急に冷え込んだと言っていましたよね」
ダレルは少し考えるように視線を上げた。
「ああ」
一件目は当てはまる。
それなら二件目も。
「うちの冷蔵箱も、冷えなくなる前の最後は大量の料理を詰めたので、おそらく一気に冷やそうとしたはずなんです」
カレンは止まった散水機へ目をやった。
急な冷え込みで動き出した凍結防止設備。
大量の料理を一度に詰め込んだ冷蔵箱。
そして、普段より出力を上げた散水機。
用途も場所もまるで違う三つを、頭の中で順に並べていく。
「つまり?」
どうやら、何かに気がついたことまでは伝わったらしい。カレンは小さく頷いた。
「三件とも、同じ系統の魔石を使っています。それに、故障する直前に通常より強く稼働している」
第三の空調にも同じ魔石は使われているが、異常はない。魔石が同じというだけでは足りなかったのだ。
「同じ魔石を使っていても、強く動かさなければ異常は起きない……?」
カレンは口に出しながら考える。
「おそらく、この二つが条件です」
「強く動かした時だけ、何かに引っ張られてるってことか」
「……引っ張られてる」
カレンはもう一度、足元の魔法陣へ視線を落とした。
これまでは、通常とは違う歪み方にばかり目を向けていた。
一方向へ引き伸ばされた、不自然な歪み。それを異常の特徴として記録してきた。
けれど、本当に何かに引っ張られた結果なのだとしたら。
この歪みには、向きがある。
「方向……?」
カレンはしゃがみ込み、歪んだ線の向きを確かめる。
一方向へ伸びた陣。その延長を辿るように顔を上げた。
庭の向こうに、魔法塔があった。
「この陣は、塔に向かって引っ張られて歪んでいます」
カレンの視線を追うように、ダレルも魔法塔へ顔を向けた。
「他のもか?」
「それは、記録を見ないと何とも…すぐ戻って確認します」
「頼む」
カレンは借りていたタオルを畳みながら立ち上がった。
「待て。そのまま戻る気か」
呼び止められて振り返る。
何か忘れただろうかとダレルを見ると、彼はカレンではなく近くにいた騎士へ視線をやった。
「誰のでもいい。乾いた上着を一枚持ってこい」
言われてようやく、自分の濡れた服へ目を落とした。
ほどなくして、騎士が一着の上着を抱えて戻ってきた。
「ありがとうございます」
礼を言って受け取り、濡れた肩に上着を掛ける。
男物の騎士服は、長身のカレンが羽織っても肩が余るほど大きかった。




