第5話
「グレイヴス副団長がお見えです」
翌日。昼を少し過ぎた頃、ダレルは第三を訪ねてきた。
トラヴィスは受付係のブレットの呼びかけに返事をすると、執務室の脇に誂えられた応接室へと入っていく。
それを横目に、カレンは抽斗から二通の作業記録を取り出し、机の隅に置いた。
昨日の今日だというのにずいぶんお出ましが早い。
トラヴィスは昨日、話がまとまるとすぐに使いをやっていた。
それを受けてのことだろうが、何か進展があったのだろうか。
しばらくして応接室の扉が開いた。
「カレン、ちょっといいか」
「はい」
「先日の空調の件だ」
机から二通の作業記録を手に取り、呼ばれた先へと向かう。
「失礼します」
一礼して入室すると、向かいの席にいたダレルがこちらに視線をよこす。
応接室は執務室に隣接した小部屋で、中央に四人掛けのテーブルと椅子が置かれている。壁際には来客用の茶器を収めた棚があり、窓はない。
普段は外部から人が訪ねてきた時か、室長が個別に話をする時くらいしか使わない部屋だ。
トラヴィスの隣の席へ向かい、もう一度会釈してから腰を下ろす。
手にした二通の作業記録をテーブルに置いて、話を待った。
「昨日の件も持ってきたのか」
「ええ。おそらく、その話だと思ったので」
「話が早いな」
その言い方に咎めるような響きはない。
むしろ当然のように話を進めるダレルに、カレンの口角が少し上がった。
以前原因を尋ねたときもそうだったが、どうやらこの人は多少遠慮なく話したところで、いちいち気にする性格ではないらしい。
「一件目について、設備に人為的に手を加えた形跡は今のところ見つかっていない。昨日の件について、君の見解を聞かせてくれ」
「昨日、同僚が冷蔵箱が冷えていないことに気が付きました。金曜日に私が最後に使用した時点では正常に動作していたので、不具合が起きたのはそれ以降、昨日までの間です。
魔石には十分に力が充填されており、放出も問題なく行われていました。ただ、冷却機器までは到達していませんでした。
動作不良の原因は魔法陣の歪み。それによって、冷却機器への力の供給が止まっていました。
先日の騎士団での件と比較すると、表に出た症状は真逆ですが、原因と思しき歪みが類似しています」
「同じ原因だと?」
「まだわかりません。ただ、二つの魔道具には共通点があります」
「何だ」
カレンは二通の作業記録を開き、それぞれの魔石について記した箇所を指で示す。どちらも空気を扱うのに長けた、同じ系統の魔石が使われている。
書類は身内向けに作られたものだ。専門外の人間には、記載だけではわかりづらいだろう。
「使われている魔石です。同じ系統のものが使われています」
「…魔石が原因か?」
「いいえ。この系統の魔石は特に珍しいものでもありません。
この部屋の空調も同じ系統の魔石ですし、魔石が原因であれば、もっといくつもの魔道具で異常が発生しているはずです」
「実際、今のところ他から同じ報告は上がってない」
「はい。ですから、少なくとも魔石そのものに問題がある可能性は低いかと」
魔石が同じというだけなら、カレンも偶然だと思っただろう。使われている数を考えれば、むしろ同じ系統のものが重なること自体は珍しくない。
気になるのは、どちらも同じように魔法陣が歪んでいたことだった。
ダレルは何も言わず、テーブルの上の二通の記録を見比べている。
「我々のほうの調査は先の通りだ。人為的な形跡は見つかっていないし、特に怪しい人物の出入りも目撃されていない。設備の使用状況も確認した」
ダレルはテーブルに置かれた作業記録から目を離すと、こちらに視線を向けた。
「春に入ってからはほとんど動いていなかったが、故障の前日はかなり冷え込んでいた。特に夜間は気温が下がり、久しぶりに作動したようだ。そこで何らかの不具合が起きた可能性が高いと見ていた」
それなら筋は通る。
長く動かしていなかった魔道具を久しぶりに使い、そこで不具合が起きた。騎士団が故障と判断したのも無理はない。
「では、騎士団ではそれが原因だと?」
カレンは再び作業記録へ目を落とす。
昨日の連絡で、その見立てを改める必要が出てきたわけだ。
「ああ。少なくとも人為的なものではないと判断して、調査を終えるつもりだった」
「そこへ昨日、似た異常が魔法塔でも見つかったと連絡が来た、と」
「そうだ」
ダレルの表情がわずかに険しくなる。
カレンはテーブルに広げた二通の作業記録を重ねた。
今のところ、手掛かりになりそうなのは共通して使われている魔石くらいだ。
しかしそれ自体が原因とは考えにくい。
ならば、同じ系統の魔石を使った他の魔道具はどうか。
異常があるにせよ、ないにせよ、何か条件が絞れるかもしれない。
「同じ系統の魔石を使っている設備をいくつか確認してみます」
「頼む。こちらでも何かわかれば連絡する」
話がまとまったところで、トラヴィスが小さく息を吐いた。
「じゃあ、この件はカレンに任せる」
「私が?」
カレンは思わず横を向いた。トラヴィスはなぜか満足そうな顔をしている。
今度は向かいに座るダレルへ視線を向けると、彼は否定するでもなく、わずかに眉を上げた。
どうやら異論はなさそうだ。
「二件とも直接見てるのはお前だ。それに――」
トラヴィスは向かいのダレルへちらりと目をやった。
「どうやら話も早そうだしな」




