第4話
今日もカレンは自席で、資料に目を通していた。
第三魔道具管理室の仕事は、主に書類仕事だ。
日々、開発中の魔道具の設計資料が第一や第二から申請されてくると、内容を確認して、見つけた問題点を資料に書き込み、また元の部署へ返す。
これを何度か繰り返して、問題がなくなれば実用化へ進む。
今日の資料は初回の確認なので、見るべき点も多い。
まずは、一ページ目の概要と使う魔石の記載に目を通す。
魔道具を動かすには、魔力を蓄える魔石と、その力を適切に流すための魔法陣の両方が必要になる。使用する魔石は重要で、機能に合った石が使われていないと、効率的に力を発揮することができない。
道具の説明と魔石の得意分野が一致していることを確認すると、次のページに移った。
二ページ目は魔法陣の写しだ。
複雑な陣になれば、魔道具は大きな力を発揮できるが、当然必要な魔力も多くなる。今回の魔道具は生活用具なので、必要な魔力が大きくなると、市井では使いづらい。
求められる性能は、道具の用途によって違う。
用途に合わせて確認する観点を変え、魔法陣が適切に組まれているかを見ていくのもカレンの仕事の一つだった。
突然、隣の休憩室からオレンジの頭がのぞいた。
「今日誰か冷蔵箱開けましたー?」
アリシアの困ったような声に、即座に部屋中から否定の言葉が返る。
「なんかぬるいんですけど……」と、納得のいかない声が続いた。
「魔石切れじゃないか?」
書類を抱えたトラヴィスが、席に戻りながら訊ねる。
「魔石なら先週充填しましたよ」
ヒューゴの声を聞きながら、カレンは書類から顔を上げた。
「そういえば金曜、第一からいろいろ押し付けられたわ」
「第一から?」
「慰労会だったんですって。いつも迷惑かけてるからお裾分けって、随分陽気な酔っ払いたちに渡されたの」
仕方なく、余った料理を冷蔵箱へ詰めたのだ。
今日は月曜日だ。朝から誰も開けていないのであれば、最後に冷蔵箱を使ったのはカレンだろう。
「なんでカレン、慰労会が終わる時間まで残ってたんです?」
「仕事してたからだけど」
「……聞いた俺が馬鹿でした」
「で、どのくらいぬるいの?」
さすがに蓋は閉めたと思うけど、と思いながらカレンは椅子から立ち上がった。
入り口で不満そうにしているアリシアの横を抜け、休憩室へと足を踏み入れる。
オレンジの髪に緑の瞳のアリシアは、普段からどことなくトラ猫を思わせる。
今はさながら、毛を逆立てた子猫のようだった。
金曜日に「お裾分け」を詰めた時は確かに動いていた。
普段より多く詰め込んだし、中身が詰まって冷気が全体に行きわたっていないのかもしれない。
そんなことを考えながら、冷蔵箱に近づき、蓋を開ける。内部に手を差し込むと確かにぬるい。
直前まで冷えていたというようなぬるさではない。冷却が止まってから、すでにしばらく経っていそうだった。
冷蔵箱の前面にセットされた魔石は、ヒューゴの言葉通り、十分に魔力が充填されている。
魔石の供給回路を確認しても、力は放出されているように見える。
しかし、冷蔵箱の冷却装置に手をかざしてみると、やはり冷気は感じられない。
ならば、問題はその間にある。
箱の脇にしゃがみ、側面の壁を外して魔法陣を確認する。
「…え?」
魔法陣は一方向へ引き伸ばされたように歪んでいた。
カレンは、そのままの姿勢で目を細めた。
見覚えがある。
彼女は立ち上がると、休憩室を出て自席へ戻った。
先日の経過観察にも持っていった作業記録は、まだ抽斗に入れたままだ。
それを取り出し、再び休憩室へ向かう。
障害箇所を記録した図と、冷蔵箱の魔法陣を見比べる。
陣そのものは違う。
だが、一方向へ引き伸ばされたような線の歪みは、よく似ていた。
二つをもう一度見比べ、カレンは作業記録を手に立ち上がった。
再び執務室に戻り、上司の元へと歩を進める。
「トラヴィスさん」
「なんだ?」
「ちょっとこれ見ていただけますか?」
声をかけるとトラヴィスはすぐに席を立った。
彼を伴って休憩室に戻り、冷蔵箱の横に立つ。
隣に来たトラヴィスに手元の作業記録と目の前の陣を見せると、それらを交互に見比べた。
「似ているな」
「はい。偶然かもしれませんが」
考えすぎかもしれない。
そう思って念のため確認を頼んだが、どうやら自分だけがそう見えたわけではないらしい。
「慎重すぎるくらいで良いだろう。何もなかったら儲けものだ」
トラヴィスがもう一度作業記録へ目を落とす。
記録された歪みを確認してから、露出した冷蔵箱の陣へ視線を移す。
「この件は騎士団にも伝えておく」
「お願いします」
偶然なら、それでいい。
ただ、一週間ほどの間に、同じような壊れ方をした魔道具が二つ。
それが少しだけ、気にかかった。




