第10話
あの日以来、晴れた日の昼休みには庭へ出ることが増えた。
約束をしたわけではない。けれどよく晴れた日はたいてい、ベンチに横たわる銀色が窓から確認できたからだ。
見つければ庭へ降り、隣のベンチで昼食をとる。ダレルが起きていれば少し話すこともあったし、何も話さないまま昼休みが終わる日もあった。
今日はその姿が見えなかった。
それでも、足は自然とそこにむかっていた。
いつもの通り、ベンチに腰掛け包みを膝に拡げると、サンドイッチを一口齧る。
副団長なのだから、昼休みに仕事が食い込む日くらいあるだろう。カレンだって、いつも昼の鐘が鳴ってすぐに席を立つわけではなかった。
なんとなく、視線が騎士団本部の方に向く。
別に待っているわけではない。
サンドイッチをもう一口齧って、しばらくしてから、また同じ方を見た。
本部から庭へ続く道を、一人の騎士が歩いてくる。
一瞬だけそちらへ目をやって、カレンはサンドイッチへ視線を戻した。風が庭を抜け、植え込みの若葉を揺らす。
「あ、魔道具管理室の」
「……?」
歩いてきた騎士はこちらを知っている様子だった。
声をかけられたが、カレンは心当たりがない。
「この前、上着貸したんですけど」
「あぁ、散水機の時の!」
声を上げた拍子に、手にしていたサンドイッチを慌てて膝元へ下ろす。
騎士は、ようやく思い出したかと言いたげに、どこか可笑しそうな顔をした。
「そうですそうです。俺の上着、副団長が持っていったでしょう」
そういえばあの時、ダレルは誰のでもいいから乾いた上着を、と騎士に命じていた。
おかげで、後日洗った上着を持って本部を訪ねたものの、持ち主がわからなかった。
結局、受付係に事情を話して預けたのだ。
「ちゃんと手元に戻りましたか?」
「戻りましたよ」
「ありがとうございました」
カレンも立ち上がって、改めて頭を下げる。
風に煽られた髪が肩から流れ、慌てて片手で押さえた。
「待ったか?」
不意に聞き慣れた低い声が横から飛んできた。
下げていた頭を戻し、反射的にそちらを振り向く。いつの間に来たのか、ダレルがすぐそこに立っていた。
騎士と話していて、近づいてくる気配にまるで気づかなかったらしい。
待つも何も、今日ここで会う約束をした覚えはない。
「……待ってませんけど」
「そうか」
ダレルは短く答えると、カレンからゆっくりと視線を外した。そのまま隣へ流れた目が、そこでようやくカレンの前に立つ騎士を捉える。
一拍置いて、わずかに眉が動いた。
「副団長。ちょうどこの前の上着の話してたんですよ」
「上着?」
「あの散水機のとき、この人に貸したやつですよ。俺のです」
ダレルは一度カレンを見て、それから騎士へ視線を戻す。そのまま迷う様子もなく、いつものベンチに腰を下ろした。
隣には、カレンが途中まで食べたサンドイッチと包みが置いたままになっている。立ったままなのはカレンと騎士だけで、ダレルはすっかりいつもの昼休みの体勢だった。
「……おまえのだったのか」
「そうですよ?今、偶然お見かけしたんで、それで話してたんです」
「そうか」
ダレルは短く返し、ベンチの背へ身体を預けた。それ以上話を続ける様子はない。
騎士はそんな上司を一度見て、すぐにベンチへ向けていた足を返した。
「じゃ、俺は別のとこ探しますね」
それだけ告げて去った彼の後に、妙な沈黙だけが残った。
***
「…………」
「…………」
何故だろう。いつもなら黙っていても気にならないのに、今日は妙に居心地が悪い。
いつもの通り、ベンチに身を預けるダレルに視線をやって、それから開けた庭に目を戻す。
見慣れた芝生の様子は、いつもと変わらなかった。
風が吹けば木々の葉が揺れ、ところどころに咲いた花も小さく頭を振る。少し離れたところでは、昼休みに出てきた職員たちの話し声も聞こえている。
いつもなら気にも留めないその音が、やけに耳についた。
「…今日は遅かったですね」
「仕事が長引いた」
予想していた通りの答えだった。別に疑っていたわけでもないのに、それを本人の口から聞くと、少しだけ気が済んだ。
「そうですか」
言葉を返しながら、カレンもようやく、元のベンチへ腰を下ろした。半端に開いた昼食の包みを手に取る。
けれど、このまま黙って食事に戻るのも妙な気がした。
「……待ってなかったんだろ」
迷っている間に、横からまた声が続く。
「待ってません」
反射的に返したが、言えば言うほど、苦しい言い訳をしているような気分になる。何を続けても自分の首を絞めるようで、二の句が継げない。
カレンは手にしたままの包みへ目を落とし、それから隣のダレルを見る。
「……もう寝ないんですか?」
塔を見上げる。昼休みの終わりを告げる鐘まで、もうそれほど時間はない。
「今から寝たらすぐ鐘が鳴る」
「でしょうね」
それ以上は聞かない方がいい。
なぜか、そんな気がした。
けれど、口を閉じるには少し遅かった。
「じゃあ、どうして来たんですか?」
「晴れてるからな」
そう答えた彼の表情を確認する勇気はカレンにはまだなかった。




