七撃目
人一人を担いでいるとは思えない程の速度で森を行くガーランドの後ろを、まだニヤけているトートと、伝説の生き物を見るような輝く瞳をガーランドに向けるルルが歩いていく。
ガーランドは背後の状況に勘付いてはいても、恐らく居心地の悪くなる様な物を見る羽目になるのは分かりきっていたので、そのまま放置する事に決めていた。
暫くはそのまま進んでいたが、斜め後方に凄まじい音が響いて一行の脚が止まった。
「どうやらご機嫌斜めらしいぜぇ?変異種殿はよォ」
「お前は直接見たのか?大型の変異種とやらを」
孤独な逃走劇を思い出したトートが先頭に躍り出て駆け出すと、ガーランドが苦も無く直ぐ後ろに追い付きながら情報を欲した。
嫌なものを思い出しながら顔を顰めたトートだが、情報の大切さは身に染みている。
「単眼鬼だった。しかも……話に聞いたより更にデカい。ぱっちりお目々は確かにあったぜ。いい視力してた。馬鹿力で圧し折った木をそのまま投げつけて来るし、一撃貰えば肉片だな。ひたすら逃げ回る羽目になったぜ」
「それにしては動きが遅い」
ガーランドの至極当然の疑問に走りながらも振り返ったトートが、普段は軽薄な表情を、隠し切れない嗜虐性に歪めて嗤った。歯を剥き出して目を見開いた様子は冒険者という、生き物の命を奪う様を濃縮したようだった。
その凶暴さを隠さない表情を目の当たりにしたルルは、足こそ止めなかったものの背に怖気が走るのを感じた。
「はっはァ!――膝裏の柔らかぁい所をな、魔石の寄せ集めを弾けさせて抉ってやったのよォ!!」
「―――っ」
ルルの怯えた様子に気付かないトートは、いっそ弾むような足取りで駆けながら詳細を語ってみせた。
「成程な……。お前の髪が短い理由は分かった。その無茶と引き換えに柄の無い短剣だけが俺の所へ飛んで来た、と」
「そゆ事。いや〜本当、寿命まで捧げる羽目にならなくて助かったぜ。ハゲたくも無かったしなァ」
随分とさっぱりした鈍色の頭をぐしゃりと混ぜたトートが精霊への畏怖、若しくは頭髪を失う恐怖に顔を引き攣らせた。
その冗談交じりの空気に、強張っていたルルの顔も元に戻った。
「大分魔獣も減ったな」
「まァ大概は森の外に逃げて討伐されるか、森の中で別の場所へ行くかだろうなァ」
森の中に時折響くその轟音は邪魔な木を圧し折ったのか傷の痛みで暴れているのか。
木々も密度が減ってきた所で、森の外へ逃げるのを踏み留まった個体との戦闘が数回あったが、苦戦も無くこれらを仕留めた。剣士に弓使いと魔法使い、中々に良い組み合わせだった。
「ガーランドさんっ、この先っ、どうしますっ?」
「俺が殿をやるからこいつを頼む」
「俺ぇ〜?……だよなァ」
途中までは徒歩だったお陰かルルもまだ喋る余裕があったので、このまま冒険者用の待機所まで突っ切る事にした。大剣使いは今度はトートが雑に背負うが流石に大剣は重く、仕方無しにガーランドが背に括った。
「だぁ~、重っ!ルルちゃんのペースに合わせるから、魔法も好きにやっちゃって」
「はいっ!蹴散らします!」
頼もしい言葉で気合を入れたルルが先頭を、その後を離れずにトートが走り出す。
人間がいる事に気付いた魔獣が背後から襲い掛かろうとするが、最後尾のガーランドに鉄針を飛ばされて怯む。その間にも足を止めず一行は直走る。
ルルが水の刃で顔を狙い怯ませて、通り過ぎざまにガーランドが切り伏せる。進行方向にいる魔獣だけを退けて、只管走る走る。
「ぜひゅ、ひゅ、ぜっ、ぜっ」
「はっ、はっ、はぁ、はっ」
ルルとトートの呼吸音が怪しくなってきた所で冒険者達の前線にやっと近付くと、戦闘していた者達が駆け寄って来て盾役を引き受けてくれた。安堵からふらついたルルを見たガーランドが足を止めないままに剣を片手に持ち替え、空いた腕でルルを抱え上げる。太腿を掬い上げられたルルは思わずガーランドの頭にしがみつく形になった。
ガーランドの肩に羨まけしからん柔らかな重みが乗っているのを見て、トートが自身が背負うむさ苦しい男の頭と見比べた。
「え〜、俺もそっちの方が――」
「――俺に?お姫様の様に運ばれたいか?」
「んなワケあるか!何で俺の方が非力なのにデケェの背負ってンだよ!」
後衛の配置までやっと辿り着き走るのを止め、武器を収めながら徒歩で移動を続けてもう直ぐ回復所だ。噛み付くトートをあしらって、何かあったのかと近付いてきた冒険者ギルドの職員に、トートが見た大型種は単眼鬼の変異種だという事やその左膝の裏に傷を負わせた事、森の中の様子やらを歩きながら話した。
「コイツを頼む!」
「承りますっ」
教会や神殿から派遣されて来た者達がいる回復所に、トートがやっとの事で大剣使いを下ろした。
ざっと容態を見た神官が少し首を傾げたが、そのまま大剣使いは運ばれていった。
「そちらの女性はどうされました?」
「あ?」
ガーランドに向かって女性の医術者が聞いてきた事で、やっとルルを抱き上げたままだと思い至ったらしい。怪我人では無いと断って、ルルの様子を見ようとガーランドが顔を上げたが、真っ赤になった涙目のルルと至近距離で見詰め合う結果になってびしりと固まった。
「下ろ、下ろしてくださぁい……っ」
「……、わ、るかった……」
抱き上げた時とは正反対のぎこち無い動きで、ガーランドはやっとルルを地面に下ろした。
流石に衆目の中呼吸も落ち着いた状態で抱き上げられていたのは、ルルにも堪えたらしい。




