六撃目
「だぁぁ!しつけェんだよ!」
「先輩後ろ!」
樹上に向けて投石を繰り返すトートは猿の様な魔獣『鎧猿』の群れに目を付けられ、再び逃げ回りながら攻撃するということを繰り返していた。
但し、単眼鬼から逃げ回っていた先程までと違い、一人では無く、単眼鬼との鬼ごっこ前に荷物として投げた前衛の男が共に居る。
この男悪運が強いのか、魔獣に囲まれている所に後から走って来たトートとかち合い、またもや助けられたのである。
「これじゃあ森から出るどころじゃ無いです、よ!」
前衛の男が大剣を振り回し、トートの直ぐ後ろに迫った鎧猿を追い払う。鎧の様に魔力を混ぜた泥を纏っている為にトートの投石も効かず、前衛の男は動きについて行けない為に攻撃がまともに当たらない。
猿に似ているだけあって身軽で、木々の枝に飛び移りながらじりじりとトート達への包囲を狭めて来ている。ざっと見て十匹いるかどうかだろうか。
「一匹でも飛び付かれたら一気に襲われるぞ」
「ウス!」
互いに背中合わせになりじりじりと森の外へと向かって動くが、動きの大振りな大剣と弓も持たないこの二人の組み合わせは素早い鎧猿相手だと攻撃手段が無いに等しい。
少し足を引っ掛けて大剣使いが体勢を崩したのを皮切りに、二人に向かって次々と鎧猿が木の上から飛び掛かって来た。
「うわぁぁあ!」
「ぐ、痛ェんだよ!こん畜生!」
大剣使いと違い軽鎧のトートは首だけは確実に守らないと詰む。まだ経験の浅そうな大剣使いは恐怖からか遮二無二暴れているが、背中に数匹取り付かれて動きが鈍い。トートは解体用のナイフを振り回して牽制しているが助ける余裕も無い。折れた腕に飛び付かれて余りの痛みに動きが止まった所を、こちらも背中に飛び付かれて肩に噛み付かれる。
(クソ……!こんな、こんな所でっ!)
腕や脚に鋭く走る痛みは爪を立てられたのか噛みつかれたのか、トートにはもう判断も付かない。切れた額から血が目に入り視界が霞むが、動きを止めれば内臓を食われる。背中に乗っている鎧猿の腹に後ろ手でナイフを突き刺し、捻って抜く。痛みに悲鳴を上げて一匹が離れるが、また次の一匹が飛び付いてくる。
ただ生への渇望だけが、傷を増やし続ける身体を動かす。大剣使いの悲鳴はもう途切れて聞こえない。
ひたひたと諦めがその身体の内側に積もり、死の足音が迫って来る。
「がっ!!」
遂に鎧猿の重さに耐えきれずにトートが体勢を崩し膝を付いた。
(ふざけんな……!クソっ!俺は……帰るんだ、帰るんだよ!)
遂に脇腹にまで食い付かれ、ぶつりと皮膚に穴の開く音が聞こえた。痛みに呻いてナイフを叩きつけるが、泥の鎧に阻まれて遂に刃が折れた。もう食われるしかないのかとその身体から力が抜けかけた瞬間―――
ザシュッ!ビチャリ……ドンッ!!
トートの身体に伸し掛かっていた鎧猿の重さが消え、直ぐ側に何かがごろりと転がった。
「生きてるな!?ルル!」
「はいっ!」
急に危機が遠のいた事について行けないまま座り込んだトートだが、状況を理解するより早く、ルルによって蓋を開けた魔法薬の瓶が無理やり口に押し込まれた。
「はい、一気にぐいっと!」
「んぶ!」
むせそうになりながらも、流し込まれる液体を何とか飲みきったトートが改めて周りに目を向けると、そこかしこに鎧猿達の亡き骸が転がり、ガーランドに追い払われた生き残りが梢を揺らしながら逃げ去って行く所だった。
「ちっ、逃げ足が早いな」
「ガーランドさん、もう一人も息がありますっ」
「魔法薬はもう無いだろう?」
「はい、でも出血が酷くて……!」
大剣使いも頑丈な金属鎧に守られて内臓まで食い破られはしなかったらしい。その代わりに鋭い爪と牙で裂かれた皮膚と肉が夥しい血を流している。このままなら失血死は免れないだろう。
ルルが助けられない状況に目を潤ませるのを見たガーランドが、大きく息を吐いて大剣使いに歩み寄った。
「おい、誰にも言うなよ?トートもだ」
「……はぇ?」
ふわふわとした白い光を手の平に纏わせたまま跪いたガーランドが大剣使いに触れると、ガーランドの唱える聖句に合わせて傷口からの出血が減っていく。
「哀れなる子等に神々よ、今御元へ侍らんとする子に神々よ、大いなる慈悲を与え給え、現世を拙くも歩ませ給え、血と肉の器に留まらせ給え―――」
じわりと血が滲む程度にまで大剣使いの傷口を塞ぐと、ガーランドは立ち上がってトートとルルに向き直った。
「ガーランドさん、っ……その瞳――」
「お前達は何も見て無い……、良いな?」
「イヤイヤイヤ……無理だろ!お前それ絶対ぇに元聖騎士どころじゃ無ぇよ!上級のシスター並だぞ!?」
魔法薬でその値段に納得のいく回復を見せたトートが、先程の悲壮感も吹き飛ばしてガーランドに食い付くが、ルルはガーランドの灰色だった筈の瞳に金と銀の虹彩が散っている事に驚いていた。神職でも相当な高位か、または神々の内のいずれかの加護持ちでも無ければ見られない色だと知っていたらしい。
幾らガーランドが逃げ出した元聖騎士だからと言って、ここまでの回復をなせる訳が無い。
「ガーランドさんは……加護持ち、なんですか?」
ルルに直球で問われたガーランドはこれでもかと眉間に皺を寄せて、その表情から不本意さが知れるようだった。
「……言わなきゃ駄目かよ?」
「言いたく無いような加護なんです?」
「くっ……!――良いか、何も言うなよ?反応もするな。…………――慈愛の女神の加護だ」
顔の造りこそ整ってはいるが、ルルから見て厳つい大男とも言えなくもないガーランドから出る『慈愛の女神』という言葉とのギャップに、先に反応したのはトートだった。
「じあい……。――っ!だはははははっ!おまっ、慈愛って面かよォ!ひぃ〜はははは!ぐぇっ!」
「喧しい!魔獣が寄って来るだろうが。とっとと森を抜けるぞ」
一応先程まで重傷だった事を加味したのか、上からトートの頭を押し下げるだけで制裁を止めたガーランドが背負っていた弓をトートに渡し、大剣使いを肩に担ぎ上げて歩き出した。




