四波目
地面に落ちた短剣はトートに渡した時とはその姿を変え、何故か柄が外された上に折れた木の枝が括られていた。
ガーランドは精霊の気配が濃く残っているその短剣を、一先ず地面から拾い上げた。
「あっ!ガーランドさん!ご無事で良かったです」
「――ルルーシャか」
短剣の飛んで来た方角を向いてガーランドが思案していると、横から若い魔法使いの女が駆け寄って来た。彼女も此処に居るという事は、ガーランドと同じく一陣だったのだろう。
「もう、ルルって呼んでくださいっ」
「そうよぉランディちゃん。呼ばれたい様に呼んであげるのがイチバンなんだから」
「そうですよねっ、ケイさん」
矢鱈と綺麗な赤髪を複雑に結い上げた男が、中途半端に脱げかけていたルルのフードを下ろしてやりながら独特な言葉使いでガーランドにちょっかいを掛けて来た。フードを下ろした事で、一部を編み込んであるルルの焦げ茶色の髪が、その元気な動きに合わせてふわりと揺れた。
トートに何があったのか真剣に考え込んでいたガーランドだったが、戦闘直後とは思えない二人の呑気さに体の力が抜けてしまった。
「お前ら……元気だな?」
「だって本番は大物が出て来てからでショ?それにワタシの戦い方はランディちゃん達とは違って、そこまで動かなくても何とかなる、し――……?」
「私は後方の箱馬車の上から単発魔法を撃ってただけですから。魔力はまだまだ余裕が有ります」
最前線で剣を振りながら動き回るガーランドとは違い、中長距離の二人はまだまだ余裕がありそうだった。
話の途中でケイがガーランドの手元の妙な状態の短剣に気付いて、訝しげに覗き込んできた。
「ねぇ、それ何?何で柄の代わりに枝が括られてるのよ?」
「さぁな。元は俺が今朝トートにくれてやった短剣なんだが……」
「それ、凄く精霊の気配が濃いですね。……あれ?そういえばトートさんは?」
ルルに尋ねられて、ガーランドは斥候が慌てて森から飛び出して来た辺りからの事を話して聞かせた。現在のトートの様子は不明ながら、こうして短剣が姿を変えて飛んで来たので、生きてはいるのだろうとの予想を交えて。
ルルには言わなかったが、例え生きていてもトートとこちらの間には夥しい魔獣が今も尚森から出て来ている現状、何もしなければ合流は中々に絶望的である。
ケイは経験から来る予想でガーランドと同じ考えに至り難しい顔をするが、ルルはただ純粋に、トートが生きている事にほっとした様子だった。
「二陣との入れ替えまではかなりあるな……」
「ランディちゃん、……行く気なの?」
ケイとて知り合って十年以上も経つトートを心配する気持ちはあるが、流石に分が悪い。先ずは森に入るまでに手前の魔獣達を片付けなければならないだろう。
「ケイ、道を通せるか?」
「っ……はぁ~。いいわよ、やってあげる。その代わり……分かってるわね?」
ガーランドがケイに何事かを頼んで、ケイは交換条件を果たす事を約束させた。すぐ横にいたルルは詳しい内容にまでは理解が及ばないながらも、男二人が危険を顧みずにここに居ないトートの為に何かを成そうとしている事に気付いた。
「ガーランドさん、トートさんの所に行くんですよね」
「そうだ。……だからお前はここで――」
「じゃあ、私も行きます!」
「ルルちゃん!」
誰も予想しなかったルルの申し出に、ケイが悲鳴のような制止の声を上げた。
「だってガーランドさんは剣士ですよね?だったら離れた位置からの攻撃手段だってあっても良いと思いませんか?」
「それはそうだけど危険過ぎるわよ!」
「ケイさん、一人より二人の方ができる事は増えます。それに――」
ガーランドと一緒に行く意思は固いようで、ルルは説得の手を緩めようとはしなかった。続く言葉に遂に折れて、ケイは同行を認めるしか無くなってしまった。
「良いこと?ランディちゃんの指示には絶対に従う事。少しでも無理だと思ったら直ぐに引き返す事。ワタシと約束して頂戴」
「はい、約束します」
(まるで初めてのお使いに出る子供みてぇだな)
口を挟む前に同行を決められたガーランドだったが、確かに魔法使いが同行してくれるなら生存率は上がるだろうと、移動速度を落とす事と天秤に乗せた結果、そのまま受け入れる事にした。
「時間が惜しい。行くぞ」
「はいっ。お水も魔法薬もあります!」
「んな高価な薬を一体何処から……?まぁいい。……ケイ、頼んだ」
「任せて。それと……これも持って行って」
再び前線近くまで来たガーランドに、ケイが一張の弓を渡してきた。恐らくトートに渡せという事なのだろう。
「分かった」
「――じゃあ、やるわよ?ふー、すぅー……――」
ガーランドに弓を持たせたケイは半眼になり、準備の為に息を深く深く吸い込み始めた。それを見てガーランドが、森への直線上にいる荒くれ共に退避を促した。
「押し通るぞ!森への直線上にいる奴は巻き込まれんなよ!!」
ガーランドの大音声で、近くで戦っていた冒険者達から伝染する様にケイと森の直線上から次々と退いていった。危機に聡く無ければこの仕事は生き残れない。
「俺が合図したら前だけ見て森まで走り抜けろ。魔獣は無視して良い」
「はい。ガーランドさんを信じています」
ルルにガーランドの言葉が受け入れられた瞬間、ケイが吸っていた息を止めた。そして一拍の後――
「――っキィぃィィぃィィィ―――!!!」
人が出す声とは到底思えない硬質な高音が、ケイの口から鋭く長く放たれた。
「ぅわっ!」
「走れ!!」
思わず両手を耳に当てたルルだが、ガーランドに即座に指示されて、何が起きているのかも分からぬままに森へ向かって走り出した。
ケイの謎の声ももう止んでいて、目の前に立ち塞がる筈の魔獣達ですら動きが緩慢になってしまっている。不思議な静寂が作る道の中をガーランドを背後に従えたルルは、前だけを見て走り抜けた。




