はじめての登校と、予定外のヒーロー
お読みいただきありがとうございます。
ついに王都神殿へ訪問初日。
そこで待っていたのは、乙女ゲーム『アイロン』の光、ヒロインのリリィでした。
平穏に「無能アピール」をするはずだったサビアですが、目の前で原作の悲劇が幕を開けようとしています。
アイザック公爵邸の離れにある、厳重に管理された一室。そこには巨大な円盤状の石板――古代遺物『転移ポート』が鎮座している。
「お嬢様、お気をつけて。王都の風は少し冷とうございますよ」
執事のウォルターに見送られ、私は石板の中央に立った。
神殿が送ってよこした真っ白な法衣姿だ。
まばゆい光が、一瞬視界を塗りつぶしたかと思うと、次の瞬間には、私は高く澄み渡った鐘の音が響く、王都中央大聖堂の目の前に立っていた。
(……心の準備をする暇もない!容赦がない!)
そこには天を衝くような大理石の柱が並び、ステンドグラスから差し込む七色の光が、磨き抜かれた床に幻想的な模様を描き出していた。
神官たちに案内された「内聖域」の待合室。そこに、彼女はいた。
愛らしいピンク色の髪を揺らす、同い年の超美少女。
深紅の瞳はキラキラと輝き、少し垂れがちな目元のせいで、立っているだけで周囲を和ませるような愛嬌に満ちている。
私と同じ法衣を着た彼女は、微笑みながら、ちょこんとお辞儀をする。
(……うわ、6歳のヒロインかあ。ちっちゃいのに、まさに神に愛されてるって感じ!)
彼女こそが『アイロン』のヒロイン、リリィ・エヴァンス男爵令嬢。
エヴァンス男爵領には転移ポートはないから、ここまでやってくるのは長い旅路だったはずだ。
しかしそんな疲れは見せず、たった一人で神殿投げ込まれた恐れも感じさせなかった。
これが「本物」……!
声をかけるのは身分が上のものから。
貴族のルールにのっとり、私は恐る恐る声を出した。
「こんにちは、アイザック公爵家のサビアです」
リリィは拙いながら、法衣の裾でカーテシーをする。
「サビア様、初めまして。私はエヴァンス男爵家のリリィです。先ほど、サビア様の美しい水晶の色についてお伺いしました。お会いできて嬉しいです」
(うーん、可愛すぎるな。でも水晶の色とか言ってるな。余計なことを聞いているようだ。名残は惜しいけど速やかにお別れしたい)
神官が「では、教皇様へのご挨拶を」と私たちを促した、その時だった。
「――ぎゃああああっ!!」
静謐な神殿の空気を切り裂くような、悲鳴と怒号が遠くから響いた。
瞬時に、静まり返っていた廊下が騒がしくなる。バタバタと走り回る神官たちの足音、甲冑を鳴らしながら駆け抜ける神殿騎士。
「居住区に魔獣が!」「防衛結界が破られたぞ!」
回廊の奥からは、複数の魔導士たちが必死に杖を構え、後退していくのが見える。その向こう側、白亜の壁を破壊しながら、どす黒い殺気を放つ巨影がのぞいた。
混乱する大人たちを余所に、隣のリリィが、迷うそぶりも見せずに走り出した。
「リリィさん!? どこへ行くの!」
「助けないと! あっちに、小さい子供がいました!」
(ちょっと待って! 行っちゃだめ――!)
走り去るピンク色の髪を見て、私は『アイロン』の初期設定を、嫌なタイミングで思い出してしまった。
リリィ・エヴァンスは、初めて王都神殿を訪れた際、暴れる魔獣から子供を庇って制圧する。
けれど、その代償として彼女は背中を負傷し、それは一生消えない火傷の痕として残ることになるのだ。
まあそこは乙女ゲームだから、そこまで広範囲でも、グロテスクでもないんだけど、彼女の心も含めた傷になることは間違いない。
決して裕福とは言えない男爵家出身の彼女が、聖女として見出され、その高潔な精神を証明するエピソード。のちに攻略対象たちが、その傷跡さえも「慈愛の証」として愛おしむ、大事な大事な要素になる。
けれど。
(えーい、要素とか知るか!ケガなんかしないほうがいいし、まして傷なんて、残らないなら、残らないほうがいいに決まってるでしょ!)
私は無意識に、重たい法衣をまくり上げて、リリィの後を追って駆け出した。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
リリィの「慈愛の傷」は攻略対象たちの萌え要素……。
ですが、そんなメタな設定をサビアがぶち壊しに行きます。
六歳の子供が背中に火傷なんて、普通に考えて嫌ですよね。
次回、サビアの不吉な魔力が、はじめての「実戦」へ!
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