魔力判定の朝は、紅茶の香りと不穏な予感
お読みいただきありがとうございます。
ついにやってきた魔力適正検査。
悪役令嬢サビアとして目覚めた彼女が、逃れられない「破滅の才能」と対峙します。
――本人の意に反して、事態は最悪の方向へ加速していくようです。
あの子が家出してから、数日が経った。
私の体には、あの悪魔が律儀に残していった強大な魔力が、どろどろと沈殿している。
(……まあ、あの子が吐く悪態と同じで、慣れちゃえばこんなものかしら)
馴染み深いあの子の気配が消えた寂しさに比べれば、この魔力の「重さ」なんて、少し胃がもたれる程度のことだ。
「好きに生きろ」と言われた以上、この厄介な置き土産とも、なんとなく上手くやっていくつもりではある。
けれど、今日ばかりは話が別だ。
なんといっても、今日は六歳になる子供が受ける最初の儀式『魔力適正検査』の日なのだから。
「サビア、大丈夫、たとえ魔力が一滴もなかったとしても、パパは君を愛しているよ」
朝食の席で、父様が私の頭を撫でる。
その隣で、母様はハンカチを握りしめて「ああ、サビアが魔力がないことを気に病んでしまったらどうしましょう……安心してね、サビア……」と、泣きそうになっていた。
(魔力がない貴族なんて珍しくないし、なくても別に死なないんだけどね)
私はスコーンを口に運びながら、内心で溜息をついた。
確かに貴族として魔力があるに越したことはないし、貴族の子供は適性検査の結果をとても気にするものだから、両親は私が普通の貴族の女の子のように、魔法に期待を持っていると思っているのだろう。
ただ、今の私にとっての懸念は「魔力がないこと」ではなく、「ありすぎること」なのだが。
本来の『アイロン』の設定では、サビアはこの検査では、魔力なしと判定される。だからヒロインが通う学校にも行く。たしか覚醒は在学中だったはずだ。
私という異分子が、悪魔としてのあの子を早く目覚めさせ、この事態を招いているのだとしたら、私はサビアをとっとと断罪するために、サビアに転生したことになる。
つらすぎる。そうはいくか。
(あの子の魔力、今日だけは空気を読むかしら)
祈るような、半分諦めたような気持ちで、私は最後の一口を飲み込んだ。
◇
朝食を終えて、それなりに身なりを整えた。
執事のウォルターが準備が整ったことを告げに来ると、私と、それからパパとママも連れだって、邸宅の最奥にある私設礼拝堂に向かった。
高い天井、陽光を七色に反射するステンドグラス、アイザック公爵家の歴史を見守ってきた聖母像。
静謐な空気の満ちる祭壇の前に、一人の老人が立っている。
神殿から派遣されたというその司祭様は、ふくよかな体に、温和そうな目尻のシワが刻まれた、実にお優しそうなおじいさんだった。
(あら、なんだか日だまりの匂いがしそうな司祭様ね。なごむわ……)
もっと神経質そうな人が来ると思っていた私は、少し拍子抜けしてしまった。ああこの人。とっても目が悪いとか、耳が遠いとかないかしら。
司祭様は恭しく『聖教の水晶』を抱えている。
協会が独占的に保有するこの水晶に手を当てると、光の色で「善」か「悪」か、光の強さで「魔力量」を測ることができる。あまりに単純で残酷なシステムだ。
「アイザック公爵家の令嬢、サビア様にございますな。私はエドワードと申します。さあ、怖がらずに。神様は皆、等しくあなたたちを愛してくださいますよ」
エドワード司祭は、穏やかな声で私に微笑みかけた。
後ろでは、パパとママが「サビア、頑張るんだよ」と手を握りしめて見守っている。
司祭様が『聖教の水晶』を差し出す。
(……逃げるのは無理ね)
私は覚悟を決めて、ひんやりとした水晶に右手を添えた。
その瞬間。
「――、――……ッ!!」
水晶の奥から、不吉な地鳴りのような音が響いた。
透き通っていた水晶は、一瞬にして光を飲み込む黒い紫に染まり、周囲に火花を散らし始める。
「おや……?」
エドワード司祭が目を細めた。
さらに悪いことに、溢れ出した魔力が、意図せず私の唇を震わせた。
『――底無き淵より這い寄る絶望。すべてを屠り、等しく静寂を与えん』
私の意思とは関係なく、勝手に「言葉」が滑り落ちる。
部屋の温度は急激に下がり、壁に飾られた美しい花々が、黒く変色して枯れていく。
(ちょ、ちょっと待って。勝手にポエムが口から……! )
後ろを振り返ると、パパは呆然とし、ママはついに気絶してしまっていた。
(……あちゃー、魔王の降臨儀式だわ、これ)
絶体絶命。
けれど、あきらめるわけにはいかない。
私はまつ毛をふるわせながら、なるべく健気に見える角度で、司祭様を見上げた。
「……司祭様。この水晶の色は……そんな……、私は悪魔なのですか?」
まさかそんなことありませんよね?
違うといってくださいな。
じわりと涙までにじませて、私は司祭様の出方を待った。
もしかしたら司祭様が、とっても目が悪くて、耳が遠い可能性もないことはない。
心の中では、「滅びろ、世界……!いっそのこと今!すべて消滅しろ……!」と、必死に唱えていたけれど。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
悪魔の置き土産が予想以上に「空気を読まなかった」せいで、サビアは人生最大のピンチに直面しています。
果たしてこの状況を、彼女はどう言い繕って乗り切るのでしょうか。
次回は明日更新予定です!
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引き続き、サビアの「なんとかなる(……かもしれない)」物語にお付き合いください!




