深淵の聖女、あるいは稀代の勘違い
お読みいただきありがとうございます。
さあ、いよいよ運命の適性検査です。
悪魔の置き土産である「どろどろの魔力」を抱えたサビア。
彼女の願いはただ一つ、「魔力なし」と判定されることなのですが……。
目の前に現れたのは、なんだか「なごむ」雰囲気のおじいちゃん司祭。
これならワンチャン、見逃してもらえるかも!?
演技のつもりが本当に悲しくなってきて、私は大いに涙ぐんでエドワード司祭を見つめた。
もし彼がここで「そうだ、お前は悪魔だ!」と言えば、私の公爵令嬢ライフは終わる。
いや、冷静に可愛そうじゃない?
6歳を過ぎたら適性検査って、6歳の子供にいつもこんな仕打ちをしてるの?協会は。
(悪魔だろうが子供じゃないのよお、まだ何もしてないじゃない。言い訳ぐらい聞いてよお)
ぷるぷると小鹿のように震える私の前で、エドワード司祭は動かなかった。
彼は顔を近づけ、真っ黒に染まったはずの水晶を、食い入るように見つめている。
「……ほう……。これは、なんとも……」
司祭様の指先が、紫黒に輝く水晶をなぞる。
「司祭殿! 娘は、娘は一体……!」
泡を吹いて倒れかけていたお父様が、必死の形相で詰め寄った。
司祭様はゆっくりと顔を上げると、そこには恐怖ではなく、まるで至高の芸術品を目の当たりにした学者のような、深い感嘆の表情が浮かんでいた。
「閣下。私はこれまで、数百という子供たちの適性を見てまいりました。邪悪な魔力というものは、澱んでいて、見るに堪えない醜悪な黒を呈するものです」
司祭様は、水晶を私に差し出した。
「ですが、サビア様が放たれたこの色。じっと見つめてごらんなさい。これは単なる黒ではない。深海よりも深く、夜空よりも静かな……光を内包した紫。そして、命の源のような碧。これほどまでに気高く、純粋な『静寂』を私は見たことがありません」
(……ん?なんだって?)
私は涙を浮かべたままフリーズした。
この検査には、国家の根幹を揺るがしかねない公平性と、神への忠誠を示す神聖性が不可欠だ。それゆえ、執り行う司祭にも相応の『格』が求められるのだが――数百の適性を見守ってきたということは、このひだまりおじいちゃん、結構、高名なかたのようだ。
彼が一言一言を発するたびに、礼拝堂の空気を塗り替えていく。
「先ほどの言葉もそうだ。『等しく静寂を与えん』……。これは破壊の宣言ではない。争いも苦しみもない、絶対的な平穏を願う祈りの言葉。強大すぎる魔力が、サビア様の慈悲深い心と共鳴し、奇跡として溢れ出したのでしょう」
「……慈悲深い、心」
お父様が呆然と復唱する。
気絶していた母様まで「ああ……サビア……」と、夢見心地で復活し始めた。
(いえ、落ち着いてくださいみなさま。その前には、這いよる絶望がすべてを屠りとか言ってましたよ)
しかし「高名な司祭様」は、ゆったりと、包み込むような笑みを浮かべた。
世の理をわかっているというように。
「おめでとうございます、閣下。……いえ、この国の皆様。既存の属性を超越した、すべてを包み込む『深淵なる救済』の聖女が、今ここに誕生いたしました」
エドワード司祭は、私に向かって深く、恭しく頭を下げた。
「サビア様。その強すぎる愛の魔力、どうか正しくお使いください」
……これは、おしまいだ。
物理で黙らせるよりも、もっと厄介なことになった。
第一の目標はアイロンの設定どおり、「魔力なし」と判定されることだった。
それが無理なら、おじいさんの目がとんでもなく悪くて、耳がめちゃくちゃ遠くて、三秒後には物忘れをして、そのままお帰りいただきたかった。
「わが公爵家から聖女が……」
お父様がつぶやく。
おとうさまー!パパー!待って待って!
「ウォルター、すぐに祝宴の準備だ!」
「かしこまりました、旦那様」
お父様の興奮した指示に、執事のウォルターは一礼し、音もなく下がっていく。
やめてえええ。
聖女候補ともなれば、遅かれ早かれ王都神殿へ通うことになる。そうなれば、私と同じく今年の適正検査で選ばれ、同じく神殿入りを果たすであろうヒロイン――リリィとかち合うのは避けられない。
聖女にはバレる、絶対バレる。
今にも倒れそうな私に、司祭様は優しく語りかけた。
「あなたさまの今後の幸福をお祈りいたします」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
本人は絶望していますが、周囲はすっかり祝宴モード。しかも、王都へ行けばあのヒロイン・リリィとの「同期生活」が待っているというおまけ付きです。
サビアの平穏な日々は一体どこへ向かうのでしょうか。
もし「サビア、強く生きて……!」と思ってくださる方がいましたら、**【ブックマーク】や【評価】**をいただけると、サビアの胃もたれが少しだけ解消されるかもしれません。
次回、波乱の祝宴編(予定)もよろしくお願いします!




