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第9-1話:違和感の始まり
後年になってすべてを知った今だからこそ、あの時期の麗子の異変が、いかに致命的な崩壊の序曲であったかが痛いほど分かる。
「……健一、なんだか最近、胸のあたりがずっと重苦しいの。ブラウスが擦れるだけで、変な動悸がして……」
放課後のカフェでそう漏らした彼女は、頻繁に自らの胸元を、まるで何かを隠すようにブラウスの上から押さえていた。
当時の俺は、それを連日のネクサスとの激闘による筋肉の疲弊や、学期末の多忙な生徒指導によるストレスだろうと安易に考えていた。だが、事態はもっと深刻だった。彼女の深層心理には、すでにヒュノプスが「氷野」という偽名で打ち込んだ『依存』の楔が深く突き刺さっていたのだ。
ゾディアックに刻まれた「翻訳回路」、ネクサスの触手に執拗に開発された全身の感度。それら肉体の『揺らぎ』を、氷野先生――ヒュノプスは巧妙に利用していた。日常の中で、理由もなく先端が疼き、衣服の摩擦にすら怯える。それは単なる疲労ではなく、ヒュノプスの甘い言葉と催眠に対する『精神的受容体』が、麗子の中で無意識に完成されつつあったという、恐ろしい初期症状だったのである。麗子の聖なる肉体は、彼女が気づかぬうちに、内側から敵の指先を招き入れる準備を始めていたのだ。




