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第3話:判断基準のズレ
「神代先生、そんなに一人で背負い込まないで。少し無理していませんか?」
すれ違いざまに投げかけられた、氷野のその慈愛に満ちた一言。
その瞬間、麗子の中で渦巻いていた戦いの焦燥や、自己嫌悪によるパニックが、まるで魔法をかけられたかのように凪いでしまった。
それは、最愛の伴走者である健一に抱きしめられ、「俺がいる」と言われる時よりも、ずっと即効性があり、深い部分まで浸透してくる不気味なほどの『鎮静』だった。健一の言葉は「正しさ」ゆえに麗子の規律を刺激し、時として戦う苦しさを思い出させる。しかし、氷野の声は、彼女の防衛本能を麻痺させ、無理やりに「女としての脱力」を強いてくるのだ。
(どうして……健一と一緒にいる時よりも、氷野先生と話している時の方が、こんなに身体が楽になってしまうの……?)
麗子の心の中で、「誰を信じ、誰を心の拠り所にするべきか」という正常な基準が、完全に狂い始めていた。身体が求める「安らぎ」が、自分を解体しようとしている敵の手によって与えられていることに、麗子自身はまだ一欠片の疑念も抱いていなかった。




