第9話 【王都グランセル】
第9話「王都グランセル」
二日目の昼過ぎ。
乗合馬車が、ゆっくりと速度を落とし始めた。
車輪が石畳を噛むように軋む。
長く続いた土の道とは違う、硬く整えられた感触が荷台へ伝わってくる。
「見えてきたぞ!」
御者の声が飛んだ。
その言葉に、眠そうにしていた旅人たちも顔を上げる。
レイも身を乗り出すように前を見る。
そして――息を呑んだ。
視界の先に、高くそびえる巨大な城壁。
その内側には、果ての見えないほど広がる街並み。
石造りの建物が幾重にも並び、その中心にはさらに大きな白い城がそびえている。
王都グランセル。
グランセル王国の中心。
「……でかいな」
思わず、そんな言葉が漏れた。
隣ではミアも目を丸くしている。
「すご……」
村とは何もかも違う。
広さも、高さも、人の気配さえも。
馬車は列に並び、巨大な門へ近づいていく。
門前には多くの人と荷馬車が集まっていた。
商人。
旅人。
武器を持った冒険者。
荷物を背負った行商人。
その数だけでも、リベル村の人口を超えていそうだった。
門の両脇には、槍を持った兵士たちが立っている。
揃った姿勢。
鋭い視線。
無駄のない立ち方。
ただ立っているだけなのに、近寄りがたい圧があった。
「すごい……」
ミアが小さく呟く。
父は腕を組んだまま言う。
「王都だ。警備も村とは違う」
やがて順番が来る。
御者が門番と短くやり取りをし、馬車はそのまま門をくぐった。
――その瞬間、空気が変わった。
人の波が押し寄せる。
行き交う声。
荷車の音。
店先の呼び込み。
金属のぶつかる音。
ありとあらゆる音が混ざり合い、街全体が生き物のようにうねっていた。
「……多いな」
レイは小さく呟く。
視界のどこを見ても、人、人、人。
少し気を抜けば、そのまま飲み込まれそうなほどの密度だった。
「ちょっと……怖いかも」
ミアがそっとレイの袖を掴む。
「離れるなよ」
「あ、うん」
素直に頷くミアを横目に、レイは周囲を観察する。
腰に剣を下げた男。
重装の鎧を纏った女戦士。
大きな斧を背負った大男。
見ただけで分かる。
村の外には、自分より強い者が当たり前のようにいる。
(強い奴が、普通にいる)
胸の奥がざわついた。
その時。
ガシャリ、と重い音が響く。
振り向くと、数人の騎士が整然と歩いていた。
揃った足並み。
乱れない姿勢。
鎧の音すら規則正しい。
「王国騎士だ」
近くの商人が小声で言う。
「巡回だな」
「……すごい」
ミアが目を輝かせる。
レイは、ただその背中を見つめていた。
一目で分かる。
強い。
それも、ただ戦えるだけではない。
鍛えられた規律と誇りを纏っていた。
(今の俺じゃ……届かない)
胸の奥に、わずかな焦りが残る。
「降りるぞ」
父の声で我に返る。
馬車は広場の一角で止まり、旅人たちが次々と降りていく。
レイたちも荷物を持って外へ出た。
足元に伝わる石畳の硬さ。
整えられた街の空気。
何もかもが新鮮だった。
「はぐれるなよ」
父が言う。
「ああ」
ミアはしっかりとレイの隣にいた。
三人はそのまま市場通りへ向かう。
通りには露店が並び、色とりどりの商品が溢れていた。
果物。
布。
装飾品。
焼いた肉。
香辛料。
匂いと熱気で頭がくらみそうになる。
「すごい……!」
ミアは目を輝かせながら、あちこちを見回している。
「見すぎて転ぶなよ」
「そんな子どもじゃないもん!」
そう言った直後、人とぶつかけてよろめいた。
「……言ったそばから」
レイが支えると、ミアは頬を膨らませた。
その時、人だかりが目に入った。
「何かあるの?」
ミアが指差す。
「……見てくる」
レイは人の隙間から中を覗いた。
その中心にいたのは、一人の少女だった。
淡い桃色の髪。
整えられた上質な衣服。
背筋の伸びた立ち姿。
年はレイとそう変わらないように見える。
だが、周囲とは明らかに違う空気を纏っていた。
(なんだ、この感じ……)
ただ立っているだけなのに、目を引かれる。
少女は商人らしき男と静かに話していた。
柔らかな表情。
だが、その奥には距離があった。
その時。
ふと、少女の視線が動く。
レイを見る。
――目が合った。涼しい瞳だった。
(……見られてる?)
ただの視線ではない。
何かを測るような感覚。
一瞬だけ、胸がざわつく。
だが次の瞬間、少女は何事もなかったように視線を外した。
「レイ?」
ミアの声で我に返る。
「……ああ。なんでもない」
そう答えながらも、胸の違和感は消えなかった。
「行くぞ」
父の声が飛ぶ。
レイは最後に振り返る。
だが、もう少女の姿は見えなかった。
人の波の中へ消えていた。
(……なんだったんだ)
疑問だけが残る。
三人は再び歩き出す。
王都グランセル。
その中心へ向かって。
ここで、何かが変わる。
そんな予感だけが、確かにあった。




