第10話 【騎士への一歩】
第10話「騎士への一歩」
王都グランセルに着いて数刻。
三人は市場を抜け、宿屋街へ向かっていた。
石造りの建物が並び、道は広く、人通りも絶えない。
村とは違う整った街並み。
だが、その整然とした景色の中にも、どこか張り詰めた空気があった。
(ここで、生きていくのか)
まだ実感は薄い。
だが、それは確かな現実だった。
「……すごいね」
ミアが小さく呟く。
「ああ」
短く返しながら、レイは周囲へ意識を向ける。
知らない土地では、何が起こるか分からない。
そんな感覚が自然とあった。
その時――
「きゃっ……!」
悲鳴が上がった。
視線が一斉に集まる。
そこには、一人の男。
酒に酔っているのか、怒りに任せて暴れていた。
「どけっ!!」
怒声とともに、露店の荷物が蹴り飛ばされる。
果物が転がり、客たちが慌てて離れる。
誰も近づけない。
だが、その場には小さな子どもが取り残されていた。
泣きそうな顔で立ち尽くしている。
「……っ」
レイの身体が動く。
(間に合う)
踏み込もうとした、その瞬間――
ガシャリ。
鋭い金属音。
一人の騎士が割り込んだ。
迷いのない踏み込み。
一瞬で間合いを詰める。
男の腕を取る。
体勢を崩す。
そのまま地面へ押さえつける。
――すべてが一瞬だった。
静寂。
騒ぎが止まる。
騎士は子どもの方を見る。
「大丈夫か」
低く、落ち着いた声。
子どもは震えながら頷いた。
周囲から安堵の声が漏れる。
「すげえ……」
「これが騎士か……」
ざわめきと称賛。
レイは、その背中を見ていた。
(……違う)
自分とは。
速さだけじゃない。
判断。
迷いのなさ。
守るために動く意志。
(俺なら、遅れてた)
その差が、はっきり分かった。
騎士は仲間に男を引き渡し、そのまま去っていく。
名乗りもしない。
残るのは、その背中だけだった。
(あれが――騎士)
胸の奥に、強く焼き付く。
その夜。
三人は宿の一室にいた。
簡素だが清潔な部屋。
窓の外には、王都の灯りが広がっている。
父が静かに口を開いた。
「この街で生きるなら、仕事がいる」
「依頼を受け、実績を積むんだ」
「……ああ」
レイは頷く。
父は続けた。
「騎士になるのも同じだ」
レイは顔を上げた。
「騎士試験を受けるには、実績が必要だ」
(実績……)
昼に見た背中が浮かぶ。
迷いなく人を救ったあの姿。
レイは窓の外を見つめ、小さく呟いた。
「……あそこに行きたい」
「レイ?」
ミアが振り返る。
「父さんがね、私たち三日で戻るって」
「……そうか」
「一緒に帰るよね?」
その言葉に、レイは黙る。
騎士の背中。
あの一瞬。
自分の遅れ。
すべてが胸の中で重なる。
「……俺は」
ゆっくりと口を開く。
「ここに残る」
ミアの目が揺れた。
「騎士を目指してみる」
「そのために、ここでやる」
はっきりとした声だった。
沈黙。
やがてミアは、小さく笑った。
「……そっか」
「レイらしいね」
少し寂しそうで、でもどこか誇らしげに。
その夜更け。
レイは父の前に立つ。
「……残るつもりか」
「……ああ」
「本気か」
「本気だ」
短いやり取り。
やがて父は言った。
「……そうか。好きにしろ」
否定はなかった。
だが、その目は真っ直ぐだった。
「ただ一つ」
父は低く続ける。
「騎士は、“強さ”だけじゃなれない」
その言葉だけを残す。
レイは静かに頷いた。
意味はまだ分からない。
それでも――
(それでも、行く)
騎士になるため。
あの背中に届くために。
失った記憶を取り戻すために。
王都の灯りの中で、レイは静かに一歩を踏み出す決意をした。




