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第5話 【まだ届かない場所】】

第6話「まだ届かない場所」


朝日が、静かな村をやわらかく照らしていた。


鳥のさえずり。

窓から入り込む心地よい風。


穏やかな朝だった。


だが、レイの胸の内には昨日までとは違う熱が残っていた。


初めて魔物を倒した。

自分の力で、生きるために戦った。


その事実が、まだ心の奥で燃えている。


「レイー! 起きてるー?」


元気な声とともに扉が開く。


「返事待てよ……」


思わず苦笑すると、ミアがけらけら笑った。


「だって絶対起きてると思ったんだもん!」


「今日はどうするの?」


「また森行く?」


「それとも村の手伝い?」


「それとも私と遊ぶ?」


「最後だけ目的違うだろ」


ミアは楽しそうに笑い転げた。


その後ろから、父親が姿を見せる。


「朝から騒がしいな」


低い声に、ミアがぴたりと止まった。


「……ごめんなさい」


父親はため息を一つつき、レイへ視線を向ける。


「昨日の疲れはどうだ」


「……問題ない」


「そうか。なら朝飯にしろ」


短いやり取り。


それでも、昨日より少しだけこの家の空気に馴染めた気がした。


食卓には、焼いた野菜とスープ、固いパンが並んでいた。


豪華ではない。

だが、温かい食事だった。


レイはパンをちぎりながら、昨日のことを思い出す。


倒した魔物。

剥ぎ取った素材。


ふと疑問が浮かぶ。


「……昨日のあれ、本当に金になるのか?」


父親はスープを口に運びながら頷いた。


「ああ」


「魔物の牙、皮、爪、角。使い道はいくらでもある」


「武具の素材、薬の材料、細工品。王都へ流れれば値も上がる」


レイは静かに聞く。


父親は続けた。


「村人だけで生活に必要な物すべては揃わん」


「塩、鉄、布、薬、道具……外から買う物は多い」


「そのためには金がいる」


現実的な言葉だった。


ミアが少し頬を膨らませる。


「でも畑もあるじゃん」


「ある。だが不作もある」


父親は即答する。


「天候が崩れれば作物は減る。病気が出れば家畜も死ぬ」


「だから稼げる者が必要になる」


レイは手元を見る。


昨日、自分が倒した魔物。

あれはただ戦っただけではない。


この家の暮らしにも繋がる一歩だった。


「……俺が倒したやつも、役に立つのか」


父親は頷いた。


「小遣い程度にはなる」


「だが、積み重なれば違う」


「冬を越える備えにもなるし、道具を新しくすることもできる」


「お前のような若い男は、城下町に行って冒険者依頼を受けて稼いで食っていく者が多い。だかお前にはまだ早いがな」



ミアがぱっと顔を上げた。


「じゃあ、お肉増える!?」


「お前はそればかりだな……」


父親が呆れたように言う。


レイは思わず吹き出した。


小さな食卓。

他愛のない会話。


それなのに、不思議と胸が温かかった。


食事が終わると、父親が立ち上がる。


壁に立てかけてあった木剣を取り、レイへ放った。


反射的に受け取る。


迷いのない動きだった。


父親の目がわずかに細くなる。


「森に出る前に、まずは基礎だ」


「基礎?」


「お前は戦える。だが雑だ」


容赦のない言葉。


「昨日は本能で勝っただけだ」


「身体任せで勝てる相手ばかりじゃない」


レイは木剣を握り直す。


父親は静かに言った。


「覚えろ。積み重ねた技は、いつか本能を越える」


その一言が胸に刺さった。



家の裏の空き地。


朝露に濡れた土の上で、レイは父親と向かい合う。


ミアは少し離れた場所で、目を輝かせながら見ていた。


「構えろ」


言われるまま木剣を構える。


だが、父親はすぐに首を振った。


「高い」


木剣で腕を払われる。


「脇が甘い」


足元を払われる。


「視線が近い」


気づけば喉元に木剣が突きつけられていた。


「……っ」


何もできなかった。


速い。


それ以上に、無駄がない。


必要最小限の動きだけで、すべてを崩される。


「昨日、魔物に勝てたのは才能だ」


父親は木剣を引く。


「だが、人と戦えば通じん」


「……あんた、何者なんだ」


思わず口をついて出た。


父親は少しだけ黙り、やがて背を向ける。


「ただの村人だ」


それだけ言って、再び構えた。


「来い」


何度も打ち込んだ。


何度も弾かれた。


踏み込めば崩され、守れば崩される。


地面に転がるたび、土の匂いが鼻についた。


「遅い」


「浅い」


「考えろ」


短い言葉だけが飛んでくる。


悔しかった。


昨日、自分には力があると思えた。


だが、その自信はあまりにも小さなものだったと知る。


目の前には、遥か先にいる存在がいる。


届かない。


まだ全然届かない。


「……くそっ!」


踏み込み、渾身の一撃を振り下ろす。


父親は半歩ずらしてかわし、手首を打った。


痺れとともに木剣が落ちる。


その切っ先が、再び喉元へ止まった。


勝負にならない。


荒い息を吐きながら、レイは拳を握る。


「……なんで、そんなに強い」


父親は少しだけ空を見た。


「積み重ねたからだ」


短い言葉。


だが、重かった。


才能でも偶然でもない。


積み重ねた者だけが辿り着ける場所。


そこに、この男は立っている。


「今日は終わりだ」


父親が木剣を下ろす。


レイは肩で息をしながら、それでも視線を逸らさなかった。


悔しさが燃えていた。


その様子を見て、父親はわずかに口元を緩める。


「悪くない目だ」


それだけ言って家へ戻っていく。


ミアが駆け寄ってきた。


「レイ、ぼろぼろじゃん!」


「……見れば分かる」


「でも、なんかかっこよかった!」


「どこがだよ……」


笑いながら返すと、ミアも笑った。


不思議と、悔しさだけでは終わらなかった。


負けた。

圧倒された。


それでも得たものがある。


自分はまだ弱い。


けれど――伸びる余地がある。


その夜。


部屋で一人、木剣を握る。


昼に教えられた構えを思い出し、何度も振る。


腕が痛む。

足も重い。


それでも止めなかった。


振るたびに、少しずつ形が整っていく気がした。


窓の外には静かな月。


レイは汗を拭い、もう一度構える。


昨日より強く。


今日より先へ。


王都、城下町…まだ届かない場所があるなら――


そこまで進むだけだ。

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