第3話【生きるための術】
第3話「生きるための術」
夕暮れ。
空は橙色に染まり、村を柔らかな光で包んでいた。
家の中には、香ばしい匂いが広がっている。
木のテーブルに並ぶ素朴な食事。
湯気の立つスープ。
焼かれた野菜。
固いが温かなパン。
それだけなのに、不思議と満たされる光景だった。
「それでね! すごかったの!」
ミアが椅子から身を乗り出す。
目を輝かせ、興奮気味にまくしたてた。
「魔物がバーって出てきて!
レイがこう、シュッて動いて!
バンッて!」
身振り手振りで必死に再現する。
レイは苦笑した。
「……そこまでじゃない」
「いや、すごかったって!」
即座に否定される。
その様子を、父親は黙って見ていた。
腕を組み、静かに。
「……怪我はなかったのか?」
低い声が落ちる。
「うん! 全然!」
ミアが元気よく答える。
「レイが守ってくれたし!」
その言葉に、レイの表情が止まった。
――守った。
その響きが、胸の奥を軋ませる。
何かが引っかかった。
だが、思い出せない。
「……大したことはしてない」
短く返す。
父親は静かに頷いた。
「……そうか」
そして、わずかに間を置いて言う。
「礼を言う。」
それ以上は語らない。
だが、その一言には確かな重みがあった。
⸻
食事が一段落した頃。
父親がレイを見る。
「レイ」
「……ん?」
自然と背筋が伸びる。
「お前、このままここで暮らすつもりか?」
突然の問いだった。
レイは少し考える。
「……正直、まだ何も分からない」
それが本音だった。
記憶がない。
帰る場所も知らない。
探すべき相手すら思い出せない。
「だろうな」
父親は小さく頷く。
そして、静かに続けた。
「この世界で生きるには、力がいる」
重い言葉だった。
「畑を耕して生きる者もいる」
「商売で食う者もいる」
「だが――」
一拍置く。
「魔物を狩る者もいる」
レイは黙って聞いていた。
「素材を売る。時には王国の依頼を受ける」
「危険だが、その分稼げる」
ミアが顔を曇らせる。
「危ないよ、それ……」
「危ないから金になる」
父親は即答した。
「力のない者は死ぬ。それだけだ」
厳しい現実だった。
レイの脳裏に、昼の出来事がよぎる。
あの動き。
あの感覚。
(……俺には)
分からない。
だが――
「……少しは、出来るのかもしれない」
小さく呟く。
父親の目が、わずかに細くなった。
「なら、試してみるか?」
「……試す?」
「森の浅いところでいい。無理はするな」
淡々とした声。
だがその奥には、値踏みではなく期待があった。
「自分が何者か分からなくても、自分に何ができるかは分かる」
まっすぐな言葉だった。
レイはゆっくりと頷く。
⸻
夜。
部屋に戻り、一人になる。
窓の外では虫の音が鳴いていた。
静かな闇の中、レイは自分の手を見る。
今日、確かにこの手は動いた。
迷いなく。
自然に。
「……魔物を狩る、か」
小さく呟く。
怖くないわけじゃない。
だが、不思議と拒絶もない。
むしろ、身体の奥が知っている。
戦うことを。
生き残ることを。
「……俺は、何者なんだ」
答えは出ない。
それでも――
「……やるしかない、か」
ベッドに横たわり、目を閉じる。
明日、自分の力を試す。
それが、何も持たない今の自分にできる、最初の一歩だった。




