第2話【目覚めるの本編】
第2話「目覚める本能」
朝。
鳥のさえずりが、静かな光とともに部屋へ差し込んでいた。
レイはゆっくりと目を開ける。
見慣れない木の天井。
粗末だが温かな寝床。
――昨日と同じ場所だ。
それだけは分かった。
「……朝か」
小さく呟き、身体を起こす。
全身にはまだ鈍い痛みが残っている。
だが、動けないほどではない。
その時、勢いよく扉が開いた。
「お、起きてる!」
顔を覗かせたのは、昨日の少女だった。
明るい声。
緑の瞳。
太陽みたいによく笑う顔。
「体、大丈夫?」
「急にまた倒れちゃったから、心配したんだよ!」
「ああ……なんとか」
そう答えると、少女はほっとしたように胸を撫で下ろした。
「よかったぁ!」
そして、少し照れくさそうに笑う。
「私、ミアっていうの」
「ミア……」
その名を、口の中でゆっくり転がす。
「俺は……レイ、らしい」
「らしいってなにそれ」
ミアは吹き出した。
「変なの。でもレイね!」
無邪気な笑顔に、レイもわずかに口元を緩める。
「歩けるなら、外に出てみる?」
「空気いいんだよ、この村!」
少し考え、レイは頷いた。
外へ出る。
朝の風が頬を撫でた。
村は穏やかな空気に包まれていた。
畑を耕す男たち。
井戸で笑い合う女たち。
水を運びながら駆け回る子どもたち。
どこにでもありそうな、小さな村。
争いも、悲鳴も、血の匂いもない。
「何もないでしょ?」
ミアが笑う。
「でも、本当にいいとこなんだよ!」
「……そうだな」
自然とそう答えていた。
不思議と、心が落ち着く。
だが同時に、胸の奥には消えない違和感があった。
(……何かを忘れている)
それだけは分かる。
大切な何か。
絶対に失ってはいけなかった何か。
けれど、それが何なのか思い出せない。
「ねえねえ、これ持って!」
ミアが桶を差し出してきた。
「水汲み手伝って?」
「……俺が?」
「動けるなら働いてもらうよ?」
悪戯っぽく笑う。
「……まあ、いいけど」
レイは桶を受け取った。
その瞬間、わずかに眉をひそめる。
(……軽い?)
水が入っているはずなのに、想像よりずっと軽い。
そのまま歩き出す。
足取りは驚くほど自然だった。
怪我人とは思えないほど安定している。
「へー!」
ミアが感心したように声を上げる。
「水汲み慣れてるね!」
「初めてって感じしない!」
「……自分でも分からない」
正直に答える。
「考える前に、体が動いてる」
「へぇ……やっぱり変な人」
笑いながらも、ミアの視線はどこか真剣だった。
昼過ぎ。
村外れ、森の入口近く。
木々のざわめきが、少しだけ空気を重くする。
「この辺は危ないから、あんまり来ないでね」
ミアが言った。
「たまに魔物が出るから」
「魔物……」
その言葉に、胸の奥がわずかに揺れる。
知っている。
そんな気がした。
だが、記憶は霧の向こうだ。
その時。
ガサッ――
草むらが激しく揺れた。
「……っ!」
ミアが息を呑み、一歩下がる。
次の瞬間、小型の魔物が飛び出した。
牙を剥き、一直線に襲いかかってくる。
「危ない!」
ミアの叫び。
レイは迷わず前へ出た。
近くに落ちていた太い木の枝を掴む。
自然に構える。
まるで、何百回もそうしてきたかのように。
魔物が跳ぶ。
その瞬間――
体が勝手に動いた。
半歩ずらし、爪をかわす。
最小限の動き。
無駄のない回避。
そして流れるように枝を振り抜く。
鈍い音が響いた。
魔物は地面を転がり、体勢を崩したまま森の奥へ逃げていく。
静寂。
風の音だけが残った。
「……え?」
ミアが呆然と声を漏らす。
レイ自身も動きを止めていた。
(今の……なんだ)
考えて動いたわけじゃない。
恐怖も迷いもなく、ただ自然に身体が応えた。
「……レイ、今の」
「……分からない」
首を振る。
「気づいたら、動いてた」
ミアはしばらく黙り込み――やがて、小さく笑った。
「やっぱり変な人だ」
その笑顔に、レイも苦く笑う。
否定はできなかった。
胸の奥に、確かな感覚だけが残る。
自分の身体には、何かが刻まれている。
記憶を失っても消えないほどの何かが。
そして、それはきっと――
普通の人間のものではない。




