第29話 王女の顔
第29話「王女の顔」
王都グランセル。
城へと続く石畳の道。
その上を、レイたちは歩いていた。
「え、ちょ、ちょっと待ってください」
ルークが小声で言う。
「なんで王城なんですか……?」
「話を聞いてほしい人がいるって言ったろ?」
チャコリアが前を歩きながら答える。
「今回の件に勘づいてる可能性がある」
「勘づいてる……?」
「正確には、“気づいてるかもしれない人”」
振り返る。
「私とは仲のいい王族の1人だ」
「……は?」
ルークが固まる。
「お、王族って……」
「安心して」
リノアが軽く笑う。
「ちゃんと許可は取ってるらしいから!」
「いやそういう問題じゃ――」
「静かにしろ」
リンの一言で止まる。
城門が見えてきた。
兵が並び、鋭い視線を向けてくる。
だが――
「チャコリア様、お待ちしておりました」
敬礼。
道が開く。
「行くよ」
チャコリアが歩き出す。
チャコリアは王族にも顔が効くらしい
レイも無言で続く。
(……王族か)
自然と、思い出す。
視線が合った、あの時。
あの涼しい真っ直ぐな瞳。
城内。
静かな廊下。
磨かれた床。
足音がやけに響く。
やがて――
一つの扉の前で止まる。
「ここ」
チャコリアが軽くノックする。
「どうぞ」
中から、柔らかい声。
扉が開く。
そこにいたのは――
一人の少女。
整った姿勢。
落ち着いた空気。
だがどこか、優しさを感じさせる瞳。
グランセル王国第二王女
【イノリ.ヴァルグレイス】
「連れてきたよ、イノリ」
チャコリアが言う。
「チャコリア……ほんとに来てくれたんだね」
イノリが微笑む。
チャコリアとは以前から交友がある。
その視線が――
ゆっくりと動く。
レイを見る。
一瞬。
止まる。
「……レイ」
小さく呟く。
「この前はお話ししてくれてありがと」
「……ああ」
レイが短く答える。
イノリは優しい笑顔だが少しだけ目を細めた。
「やっぱりレイもきてくれたんですね」
わずかに安心したような表情。
だがすぐに戻る。
「皆さん、座ってください」
促されるまま席につく。
ルークは明らかに緊張している。
「で?」
リンが切り出す。
「話ってのはなんなんだ?」
遠慮がない。
だがイノリは気にしない。
チャコリアが一歩前に出る。
「今回の洞窟の魔物の異常」
「あなたも気づいてるでしょ?」
イノリの表情が変わる。
静かに頷く。
「……うん」
一拍。イノリ。
「正直に言うね」
「はっきりとは分からない」
「でも」
指先がわずかに強く握られる。
「“おかしい”の」
空気が張り詰める。
「最近、似たような報告が増えてる」
「魔物の異常行動」
「人の失踪」
「……そして」
少しだけ視線を落とす。
「王城の中でも、不審な動きがある」
その一言。
チャコリアが目を細める。
「……誰だか見当は?」
「まだ分からない」
即答。
「でも」
顔を上げる。
「上にいる人間の可能性が高いと」
「一般の国民や冒険者には一連のことが人為的なら出来ることだとは到底思えないの」
静かな断言。
ルークが息を呑む。
「それって……」
「でも言葉にするのはまだ早いんです。」
イノリが止める。
「証拠がないと…」
「でも」
視線がレイに向く。
「あなたたちは、実際に異変を見たんだよね?」
「……ああ」
レイが答える。
「人がスライムに操られて目が黒くなってた」
イノリの目が揺れる。
「やっぱり……」
小さく呟く。
「それ、魔物じゃないよね?」
「……同じ結論か」
チャコリアが言う。
「人工的なもの」
沈黙。
重い事実。
「チャコリアには伝えてあるんだけど……改めて私から皆様にお願いがあります」
イノリが言う。
少しだけ迷いながら。
「その原因を、探ってほしい」
「私は動けない」
「王族だから自由な行動が許されないの」
「ごめんなさい…」
悔しさが滲む。
「だから」
まっすぐにレイを見る。
「あなた達にお願いしたいの。ほかに頼れる人もいなくて、上の者が怪しいとなると…わかってくれる?」
その視線。
真っ直ぐで、
逃げ場がない。
「ああ……やるよ」
レイが言う。
即答だった。
ルークも頷く。
「僕たちにも関係ありますしね」
短く言う。
イノリの目がわずかに見開かれる。
そして――
小さく、笑った。
「……ありがとう」
柔らかい表情。
その一瞬、
“王女”ではなく、
一人の少女だった。
「くれぐれもお気をつけて」
「これは多分――」
一拍。
「思ってるより、ずっと危険です」
チャコリアが頷く。
「分かってるさ」
「行こう」
リンが立ち上がる。
リノアが続く。
トペミアも軽く拳を握る。
レイも立つ。
ルークが続く。
シェリは無言で槍を持つ。
扉へ向かう、その前に。
「……レイ」
呼び止められる。
振り返る。
イノリ。
少しだけ迷って、
それでも言う。
「無事に帰ってきてね」
その言葉。
ただそれだけ。
だが――
強く残る。
「……ああ」
短く答える。
それで十分だった。
扉が閉まる。
静寂。
そして――
アヌマテ村へと向かう足音が、動き出す。




