第12話 【出会い】
第12話「出会い」
王都グランセル――。
人の流れの中を、レイは一人で歩いていた。
ミアと父が去ってから、初めての朝。
昨日まで隣にいた気配がない。
それだけのことなのに、街の音がやけに遠く感じる。
行き交う人々の声。
店先から聞こえる呼び込み。
荷車の軋む音。
王都は変わらず騒がしい。
けれど、自分の周りだけが妙に静かだった。
(……変な感じだな)
ぼんやりとそんなことを考えながら歩く。
気づけば、足が止まっていた。
視線の先。
ひときわ人の出入りが多い、大きな建物。
木と石で造られた重厚な外観。
入口の上には、大きな看板が掲げられている。
――《グランセル冒険者ギルド》
その文字を見た瞬間、ふと記憶がよぎった。
◆
「王都に行くなら覚えとけ」
父の声。
まだ宿にいた頃のことだ。
「依頼を受けて金を稼ぐ場所がある」
「魔物討伐、護衛、採取……なんでもありだ」
淡々とした口調。
だが、その内容は現実的だった。
「腕があれば食っていける」
「逆に言えば――」
一瞬だけ、言葉が止まる。
「死ぬ場所でもある」
◆
記憶が途切れる。
レイは小さく息を吐いた。
「……ここか」
目の前の建物を見上げる。
装備の整った者たちが、次々と出入りしている。
鎧。
剣。
槍。
弓。
杖。
明らかに“戦う者”の空気。
レイは迷わず、その中へ足を踏み入れた。
中に入った瞬間、ざわめきが耳に届く。
酒の匂い。
鉄の匂い。
人の熱気。
広い空間には多くの冒険者たちが集まっていた。
笑いながら酒を飲む者。
依頼書の前で相談する者。
武器の手入れをしている者。
その全員が、どこか鋭い。
一瞬だけ、視線が集まる。
見慣れない顔。
若い男。
腰に古い剣。
そんな値踏みするような視線。
だが――
すぐに興味を失ったように逸らされた。
(……まあ、そんなもんか)
レイは気にせず歩き出す。
壁一面には、無数の依頼書が並んでいた。
魔物討伐。
護衛任務。
薬草採取。
荷運び。
難易度も報酬も様々だ。
レイは一枚ずつ視線を走らせる。
どれなら今の自分でこなせるか。
どれなら実績になるか。
その時だった。
「……あの」
背後から、小さな声がした。
レイは振り向く。
そこにいたのは、小柄な少年だった。
年は自分と近い。
装備は軽く、杖と小さな荷袋だけ。
鎧もなく、いかにも頼りない。
目が泳いでいる。
「その……」
言葉を選ぶように口を開く。
「パーティ、探してて……」
声は弱々しかった。
「誰でもいいわけじゃないんですけど……」
「でも、全然組んでもらえなくて……」
困ったように笑う。
レイは少年を見つめた。
弱そうだ。
だが、それ以上に必死だった。
「……なんで俺に」
少年は少し困ったように頭をかいた。
「……なんとなくです」
「え?」
「なんか、話しかけても大丈夫そうだったので……」
レイは少しだけ呆れた。
適当な理由だ。
けれど、不思議と嫌な気はしなかった。
⸻
「名前は?」
レイが聞く。
少年は背筋を伸ばした。
「ルークです!」
さっきまでの弱気な声より、少しだけはっきりしていた。
「……レイだ」
その一言で、ルークの表情が少し明るくなる。
「僕、回復とか補助が少しだけ使えて……」
「でも、あんまり強くなくて……」
自信なさげに続ける。
だが次の言葉だけは違った。
「騎士になりたいんです」
その一言には、確かな芯があった。
レイの目がわずかに変わる。
(……同じか)
自分も騎士を目指している。
理由は違っても、進みたい先は同じだった。
「……依頼は?」
レイは壁へ視線を向ける。
ルークも慌ててそれを追った。
並ぶ依頼書の中に、一枚だけ残っている紙がある。
魔物討伐。
森の奥に現れた大型個体の討伐補助。
報酬は高い。
だが、危険度も高い。
他の冒険者たちは、その紙だけを意図的に避けているようだった。
「……それ、無理だと思いますよ」
ルークが小さく言う。
「新人が手を出す依頼じゃ……」
レイは無言でその依頼書を剥がした。
「えっ」
「やるぞ」
短く告げる。
「え、えぇ!?」
ルークが目を見開く。
「無理ですって!」
「死にますって!」
レイは振り返る。
そして、ぽつりと言った。
「死ぬなよ」
その言葉に、自分でも一瞬だけ止まる。
父に言われた言葉だった。
ルークも固まっている。
「支援、できるんだろ」
「……はい」
「ならやれる」
迷いのない目だった。
その視線を受けて、ルークは息を呑む。
しばらく黙ったあと――
「……わかりました」
さっきまで一人だった。
けれど今は違う。
隣には、不安そうな顔をした少年がいる。
「ほんとに行くんですね……」
「今さらやめるか?」
「やめませんけど……怖いです……」
「正直でいい」
レイが言うと、ルークは少しだけ笑った。
こうして二人は、パーティを組んだ。
まだ小さな一歩。
頼りない始まり。
けれどそれは――
確かに未来へと繋がる出会いだった。




