第2章 第36話 はぐれた子供たち
二日後の朝の出かける間際になって、あらためて湖には一人で行かないという約束をマリーさんにさせられた。しかし、湖に行かないとジノ婆さんに会えないのだから、そんな約束を守れるわけがないのだ。マリーさんには申し訳ないけど、今回だけは許してもらおう。それで何かあっても自業自得ということだ。
男たちのやることに呆れ返っているマリーさんにしてみれば、こんな口約束は気休めでしかないと思っているだろう。マリーさん自身があとで後悔しないためにというのがほんとのところなのかもしれない。そうだとしたら、男の身勝手さを思わずにはいられない。
3度目にもなるとさすがに誰も見送ってはくれないし、こちらも慣れたものだ。船長の出港を見送ってその足で駅に向かった。前回の行方不明のことがあるから、悪くするとエキスポーラーに乗車を拒否されるかもしれないと内心ちょっと不安だったけれど、いつものように無人の改札を何事もなく抜けることができた。シートに座ってディスプレイにWelcomeという青い文字が出た時にはなんだか気が抜けて一人笑ってしまった。
リアヌシティに着くとメタリックな高層ビルが琥珀色に色付いているように見えた。もしかすると季節感を演出するために建物そのものの色が変わるのかもしれない。この前来た時よりも少し秋の気配を感じるのはどうやら気温のせいだけではないようだ。
最初にサーカス小屋を訪ねたが、あいにく二人とも不在だった。今日は休養日だったようだ。二人ともネモネさんのいるオールドリアヌに行ってしまったのかもしれない。それならそれでちょうどいい。すぐにセントラルステーションのバス停留所に戻った。
オールドリアヌ行のバスは1時間に1本。つまり1台しかないということだろう。そのゆったりしたペースもあの村にはちょうどいい。バスが来るまで少し時間があったので、船長やマリーさんに見せるために雲の塔のスケッチをしていくことにした。
それにしても雲の塔はどこから見ても全体がつかめない。遠いと空と同化してしまうし、近いと大きすぎて景色からはみ出してしまう。六角形であることも、周りを歩いてみてはじめてわかる程度の実感しかえられない。結局、実際に見えるものを描くのではなく、イメージで全体を捉えるしかない。それでも塔の先はいつも雲に隠れているので、どうなっているのかまったくわからない。
くねくねとよじれた塔の先をずっと眺めていると豆の木を登ったジャックの話を思い出した。塔の先まで行きたいという望みはいつか叶うのか。物語のようにその先にはオウガが待ち構えているのだろうか。
よく見ると、塔に蔦がからむように外階段があることに気づいた。塔の大きさからするとあまりに華奢で頼りない。工事用に作られたものか、緊急避難用か、用途はわからないが、あんな階段を登っていたら強風でも吹いたときには簡単に吹き飛ばされてしまうに違いない。まるで登れるものなら登ってみろと言われているようだ。
下絵が描けたので、絵の具で色付けに熱中していると「また来たの?」という声がどこからともなく聞こえた。あたりを見回すと道沿いにある緑の建物の上にこの前の赤毛の少年がいた。なんだかリアヌシティで唯一の友達に再会できたようでちょっとうれしくなった。少年もこちらを見て笑っている。
「君はここに住んでいるの?」
「そうだよ。おじいさんも?」
「おじいさんは遠い島から来たんだよ」
「島って?」と聞かれたので、ウォーターランドの話をすると、どうやら島というもの自体の理解ができないらしい。当然海のことも知らない。
考えてみれば、このドームで一生を終える人がいてもおかしくはないわけで、この少年も一生涯海を見ることはないのかもしれない。エクスポーラーで行けばすぐのスレイトン・ケーブさえも見られないというのもおかしな話だ。もしそうだとしても映像や話で聞くこともないのか不思議ではある。
「オールドリアは行ったことある?」と聞くと、「ないけど、コノ姉さんが教えてくれるよ」と言った。
「コノ姉さん?」
「うさぎのコノ姉さん」
まちがいない、きっとコノンさんのことだ。
「コノ姉さんはこのあたりにいるの?」
「うん」と言ったと思うと、ついて来てというように先を歩き出した。行った先は偶然にもあの家族の家だった。コノンさんがここにいるとは思いもしなかった。
「あ、ここ入ってもいいの?」
「だれでも入れるよ。家族の家だから」と言って少年はドアを開けてくれた。
中に入るとたくさんの子供達がいた。みんな瞳がキラキラしていて、一目見た瞬間にリアヌシティの無表情な人たちとは違うと感じた。
はじめてきた客を彼らは暖かく迎えてくれた。
「こんにちは」というとその声を聞いて、奥からコノンさんが出てきた。
「あ、オルターさん……どうしてここを?」
「あの子が案内してくれました」
「ミオありがとう。彼はここでは年長になるのでいろいろ手伝ってくれるんです」
コノンさんは最初こそ驚いて事情を聞いてきたものの、すぐにいつもの落ち着きを取り戻し建物の案内をしてくれた。はじめて入った家族の家は整然と片付いてはいるものの、20人はいそうな子供達の遊び道具や生活用品がところ狭しと置いてあった。リビングも食堂もなく大部屋でいっしょに暮らしているように見える。どこかで見た光景だなと思って考えると、オールドリアヌのうさぎの庭を思い出した。
「もしかして、リアヌシティのうさぎって……」
「そうなんです。本当のことを言うとお祖母さんがまた心配するので。うさぎもいますし」といっしょにいた子供の頭を撫でた。
「この子は最近きた子で……まだ慣れてないのよね」
どうやら、ここは孤児が集まっているところのようだった。子供達がたくさんいるところであまり詮索するのもよくないと思い、施設についての質問はやめにした。
コノンさんの知り合いと聞いて、子供達も安心したのか、どこからともなく近づいてきて遊んでもらおうとする。おじいちゃん、おじいちゃんと言いながらまとわりついてくる。あまり年寄りを見たことがないのか珍しいものでも見るような目をしている。
持っていたパレットとスケッチブックに子供の一人が気づいて、描いて見せてくれとせがまれた。仕方なく雲の塔の絵を見せると真剣な顔をして覗き込んできた。仕方なく、ミオ君の顔を書いて見せることにした。髪をオレンジの絵の具で塗ると見ていた子供達から歓声があがった。
時間を忘れて子供達と遊んでいると、この前来た時に会った背の高い牧師のような男の人が入ってきた。
「おかえりなさい」みんなが彼を迎えた。
「ヨシュアさん、オルターさんです」コノンさんに紹介された。
「よくいらっしゃいました。こちらははじめてですか?」ゆっくりとした口調が特徴的な人だった。
「先日外まで来て、そのときにお会いしました」というと「そうでしたか」とやさしく微笑んだ。この人がこの施設の責任者なのだろう。
事情がわかってないことを察して「ここは、一人ではぐれてしまった子供達が共同で暮らすところです」と説明してくれた。彼はそういう子供のたちの面倒を見ているのだそうだ。一挙手一投足をデータ化されているドームではぐれるというのも腑に落ちないが、こういうとことろでは外で暮らす人間には想像もつかないことが起こるのだろう。
いずれにしてもはぐれたというのは迷子ではなく、孤児のことを言っているのだろうと理解した。それにしても、みんな明るく楽しそうにしている。親と離れた暗さのようなものは微塵も感じられない。これもコノンさんの力によるところなのかもしれない。
「みんな元気がいいね」と言うと、「ここが好きみたいですよ。もともと家族というものをあまり知らなかったのかも」とコノンさんは言った。
「地上のことをファストレイヤと呼ぶとミオ君に聞いたのですが、家族は上の方にいたということですか」と聞くと、ヨシュア氏が「レイヤは天上まで無数にあります。そのどこかにということです。ちなみにここを、レイヤではなくスラングでグランドと言う人もいます」
「地べたというような意味で、あまりいい言葉ではないんです」コノンさんが補足してくれた。地上に取り残された唯一のレイヤということかもしれない。ここでもコノンさんは足りない何かに惹かれているのだろう。
「もし、またリアヌシティに来ることがあったら遊びに来てもいいでしょうか?」と聞くと、ヨシュアさんはよく聞こえなかったのか、「それは私にもわかりません」と言うと帽子を取り奥の部屋に入ってしまった。
「ヨシュアさんは、あまり話さない人なの?」と聞くと、コノンさんが「無駄なおしゃべりはしないほうかも」と教えてくれた。ここに来る目的もないなら、遠慮した方がいいのだろうかと言うと、そばで聞いていたミオ君が、みんな待ってると言ってくれた。プレゼントに書いたばかりの似顔絵を渡すとうれしそうに自分の居場所に持って行った。
今回あらためてジノ婆のところを訪ねるつもりでいることを話すと、コノンさんも今日オールドリアヌに帰るつもりでいるというので、予定を午後に遅らせていっしょのバスに乗ることにした。




