第44話 手紙
出発の日は好転に恵まれた。もう準備は万端だ。
「ミリルさん、しばらく留守にしますけどよろしくお願いします」
「手紙を出すのを忘れないでくださいね」何度も何度も念押しをされた。コピのくれた虹色に輝く石もかわいい袋に入れてもらってなくさないように首から下げた。
船長の案内に従って船に乗り込むと、タラップが船に引き込まれた。濡れてツルツルした硬い鉄板の床に足元を取られそうになる。今朝掃除したときの水がまだ乾いてないのだ。
しばらく船内を見ているうちに、昨日島の散策に出かけた人たちも戻って、みんな乗船し終えた。初めて乗った船長の船は、甲板には気の利いた椅子があるわけでもなく、倉庫がそのまま船になったようだ。正直言ってあまりゆっくりできるような船ではない。でも、どことなく感じる安心感は船長のイメージそのままだ。
みんな、揺れるから、間違えて落ちないように手摺をつかんでいてくれという船長の声がしたと思った瞬間に船が大きくうなづくように前後に揺れた。
ゴクン、ゴトン、 ドン、 ドン、 ドン、 ドン、 ドン、 ドン ……
目覚めの悪そうなエンジンがゆっくりと回りはじめた。
「オルターさん、元気でねー」
「おいしいものたくさん食べてきてねー」
「お土産よろしくねー」
見送りの言葉を聴いていると観光旅行にでも出かける気分になる。
同乗している乗客たちはみんな船室に入ってしまったようだ。一人甲板に残ってみんなが見えなくなるまで手を降った。パン屋さんの近くに見えるのはユーヨアさん、床屋さんのところに二人でいるのはエモカさんとネモネさんだろう。灯台のところでも手を降っている人が見える。あの大げさな手の振り方はまがいなくノルシーさんだ。こちらもノルシーさんが小さくなって見えなくなるまで手を降り続けた。しばらくスローさんの船もついてきてくれていたけど、ふたつの船の間は少しずつ離れていった。追いかけるのを諦めたスロウさんは船をとめて、こちらから見えなくなるまでその場所で見送ってくれた。
船のほうは見送りはいつものセレモニーですとでも言いたげに、スピードを少しずつ上げて島からの距離を広げていった。さっきまでいっしょだったナツヨビも、海の色が変わるあたりまで来たところで島のほうに戻って行った。
+++++ 島の人々 +++++
見送りから戻ってきたナツヨビがリブロールのデッキのポールにとまった。
「オルターさんが戻るまでに森を少しでも元に戻しておかないと」ノーキョさんが言うと、遠い沖のほうで別れを惜しむようにくぐもった汽笛が鳴った。
「ほんとうに行っちゃいましたね」ノーキョさんが言った。
「ほんと」デッキから戻ったミリルさんが力が抜けたように椅子に座った。
「じっじはいつもどる?」コピがもう待ち遠しくなって聞いた。
「すぐに戻るよ。たぶんこの島好きだから」灯台から戻ったばかりのノルシーさんが答える。
いるはずの人がいない空虚な時間がリブロールの店内をゆっくりと包んでいった。見送りに集まっていた人が船のほうを名残惜しそうに見ながら、それぞれに椅子を選んで座りはじめた。夢から目を覚ましたようにミリルさんがみんなのお茶の用意をはじめた。みんな口々に突然の旅について話しながら手紙を開きはじめた。
「半島の森をよろしくって書いてありました」最初に読んだノーキョさんが言った。
それを聞いたミリルさんが「私には、お客さんとコピをよろしく、ですって」と言いながらコピの頭に手を当てた。
「よろしく?」コピが首をかしげた。
「コピちゃんを可愛がってねって、じっちゃんが」
「いいこ、いいこ!」コピが手を合わせてうれしそうに笑う。
「コピちゃんには、ナツヨビやシマモグラと仲良くって書いてあるよ。ノートの印刷ももらえたしよかったね」
「みんな、みんな、友だち!」
それぞれに手紙を読んでいると、少し沖まで見送りに行っていたスロウさんの船が戻ってきた。リブロールのデッキに船を横付けし、ぐったりした様子で店に入ってきた。
「この先の海は、なかなかむずかしいね。気流も影響しているんだと思うけど、方位と距離がうまくとらえられない。よく船長は座礁しないで来られるな」
「そんなにむずかしいの?」
「並の航海士じゃ無理だな。自然気象すべてに通じてないとだめだね」
「船長ってやっぱりすごい人なのね」
「あんなに連結した船を操舵できること自体普通じゃないよ」あきれたような顔をして言った。
「オルターさんたちが、帰って来るまでに温泉つくって、おいしい水もみつけてお迎えできるといいですね」高台で見送ったというネモネさんが言った。
「おいしい水が見つかったって連絡をすれば、きっとすぐに帰ってきますよ」ノーキョさんが笑った。
「ネモネさんのおいしい水頼みですね」ミリルさんもそんな気がした。
+++++ 島の人々 +++++




