第1章 第41話 望郷 *
広場のハトポステルに2号がまだいることを確認してリブロールに戻った。テーブルの引き出しからハトポステル用のロール紙とペンを出して、とりあえず船長の船が到着し次第メーンランドに向かうことを書いた。
書き終わって筆を置くと、あらためて留守中のリブロールをどうするかが気になった。ミリルさん一人にまかせていいものか、それとももう一人だれかにときどき見てもらうようにお願いしておくか。頼むならノルシーさんにしようか、ノーキョさんにしようか。いろいろ考えると気が重くなってくる。
200年以上前のノートへのこだわりだけでそこまでやらないといけないものか。それで何がわかるというのかとも思う。一方で、こんな機会は二度とないのだから行かないでどうするという心の声も聞こえる。メーンランドには誰か知っている人でもいないととてもじゃないけど一人では行けない。それもリアヌシティとなるとこれが最初で最後のチャンスかもしれない。
そのときハトポステルの2号が、こちらの気持ちを察したように大きく羽ばたく仕草をした。それを見た瞬間に心は決まった。躊躇する理由はない。きっと島のみんなもわかってくれる。
目の前に置かれている印刷機を見て船長が言っていたノートを印刷する話しを思い出した。向こうにノートを全部持っていくわけにはいかない。そう思うと、余裕をもって2週間後と書いたものの、自分に残された時間はあまりない。印刷はできるところまでということにしても、せめてメーンランドの生活を書いてあるところぐらいは用意して行きたい。
2号の足の筒に小さく丸めたロール紙を入れて、飛び立つのを見届けてから灯台へ向かった。
***** ノート *****
唯一海を渡る手段であった手漕ぎの船も、あの日以来戻ってくることはありませんでした。やはり一瞬見えた人影は見間違えではなかったのかもしれません。人がボートを使ってメーンランドのほうに戻ったのであれば、そこからまたこちらに渡って来る人もいるかもしれないという期待もしてしまいます。落ち着きなく動いていた様子から、それがどこかから流れ着いた動物だったとしたらボートとの関係はなくなってしまいますが、そうであれば、いずれまたどこかでその動物に会えるという楽しみにもなります。
上弦の月のころだったと思いますが、ボートの行方を探してみようと思い立ちました。少し大きな木を組み合わせて簡単ないかだのようなものをつくり、メーンランドのほうへ漕ぎ出しました。30分も海の上にいたでしょうか。空は晴れ渡って霧も出ていなかったのですが、遥か先を眺めてもボートはもちろんメーンランドの影を見つけることもできませんでした。この島に渡ったときはそれほど距離がなかったことを思い出すと、なにか釈然としない気持ちになりました。考えられるのは私の向かった方角が違ったということぐらいでしょうか。北に向かったつもりが東の方角になっていたのかとも思いました。潮任せのいかだでは思うような方向にも進みません。鳥たちが私の頭の上で騒ぎ立てているのは何かを伝えたいのかもしれないと思い、島影が見えなくなる前に戻ることにしました。
メーンランドの住居の周辺には公共の交通手段として運河が網の目のように張り巡らされていました。船は生活の一部だったので、子供のころは船大工さんの工房によく出入りして船作りの真似事のようなことをしていたのを思い出します。だからといって、その時の記憶でとても人の乗れる船などつくれるものではありません。それどころか、最低限の道具であるノミも鉄鎚もないのですから。
さすがに途方にくれて、流れ着いた瓶にここにいることを買いたノートの切れ端を入れて海に流したりもしましたが、それが誰かの手に届く可能性は、夜空の星がこの星に届くようなものとさえ思えます。なにかでつながっているという気休めのようなものだったかもしれません。
***** ノート *****
町にたくさんの運河があったことが書かれている。当時のことを考えるとかなり交通の発達していた街だったのだろう。そのお陰で交易も盛んだったのかもしれない。故郷に対する想いも決して消えることはなかっただろう。もしかすると、彼はメーンランドに戻りたかったのかもしれないとさえ思う。この穏やかな環境があったとしても、人の温もりには替え難かったのかもしれない。
人影についても書かれているけれど、この人がいっしょであったり、きまぐれと友達になれていたら、終の住処になったとしても不思議ではないとも思える。可能であれば、仕事をきちんと清算して、家族さえも招き寄せたかったのかもしれない。しかし、それらに関わる記述があるだろう後半のノートは島には残ってない。なくなってさえいなければきっと世界のどこかにあるはずだ。68年前に島を去った人が、大切なところだけを持って行ってしまったのだろうか。そこに何が書いてあったのかは島のだれも知らない。
インクが灯台の外で小鳥を追いかけている。鳥のほうも逃げる気がないのか、少し羽ばたいてはすぐ近くに舞い降りるものだから、インクのほうも懲りないで忍び寄っては飛びつく。猫と鳥が仲がいいという話もあまり聞いたことがないけど、彼らの様子を見ているとそんなことはお構いなしにじゃれあっているようにも見える。灯台の周囲はいろいろな花が咲くので、水玉模様の蝶もそこここでひらひらと舞っている。動物たちが無邪気に戯れているのを見ると、島の自然と暮らす豊かな生活のありがたさをしみじみと感じる。動物と人間の境目も意識しないような生活はなによりも本来の生き方に近いのかもしれない。人が特別だという考え方はいつのころからはじまったのだろう。この島で暮らしているとそんなことさえもどうでもよくなっていく。人の歴史を謳歌しているだろうメーンランドに着いた途端にノートのことなど忘れてしまい、この島に戻りたくなってしまうのかもしれない。
ノートでメーンランドに関連した記述を探すのも思った以上に手間がかかる。いつでも寝られるようにベッドに入って続きを読むことにした。まだまだ先は長い。




