第6話 SS2からサービスパークへ
SS2のスタートライン。
1速に叩き込んだギアが、和希の決意を代弁するように唸る。
歪んだリヤホイールが、ハブやベアリングにこれ以上のダメージを与えないことを祈るしかなかった。
「5、4、3、2、1……スタート!」
和希は、あえてSS1よりも丁寧にクラッチをつないだ。
だが、最初のコーナーを抜けた瞬間、確かな違和感が腰に伝わる。左コーナーで荷重をかけるたび、リヤが小刻みに跳ねた。
「……やっぱりリヤが暴れる。右はまだいいが、左はアンダー気味に逃げるぞ」
「わかってる! その分、私のコールをコンマ数秒早める。姿勢を作る時間を稼いで!」
楓は揺れる車内で、瞬時に補正を加える。
歪んだホイール。狂った挙動。
それらすべてを織り込み済みの譜面に変えるように、彼女の声が和希を支え続けた。
SS2の全行程を、祈るような気持ちで走り切る。
フィニッシュの光電管を越えた瞬間、和希はステアリングを強く叩いた。
「……よく持ってくれた、スイフト!」
「お疲れ。さあ、サービスへ戻るわよ!」
SS2のストップポイントから、サービスパークに向かうリエゾン。
停止しやすい場所にスイフトを寄せると、二人は手際よくインターコムを抜き、ヘルメットを脱いだ。
汗で張りついた髪をかき上げながら、ロールケージに渡したヘルメットネットに二つのヘルメットを無造作に放り込む。
ネットがずしりと重みを受け止めた瞬間、ようやくSSを走る緊張が緩んだ。
和希は車外に出ると、左リヤへ回り込んだ。
楓は窓を開け、その様子を見守る。
ホイールは見事に歪んでいたが、チューブのおかげでパンクには至っていない。
「……こんなに曲がってたのか」
和希は屈み込み、変形したリムをまじまじと見つめた。
車内で感じていた振動の理由が、目の前にあった。
一度息を吐いて立ち上がり、運転席に戻る。
そして、サービスパークを目指してスイフトを発進させた。
サービスパークのTC前。
楓がラリコンの時計を素早く確認し、入口のTC本看板を見据える。
「予定通り。あと二分でTCインよ。和希、サービスに入ったらすぐ降りて。メカニックには私が状況を伝えるから」
「了解」
TCインを済ませ、青いスイフトスポーツが自チームのサービステントに滑り込む。
楓はタイムカードを握ったまま車を降り、待機していたメカニックたちに鋭く指示を飛ばした。
「左リヤ、ぶつけてる。アーム類とハブに異常がないか、重点的に見て!」
「了解。ガタが出てないか、すぐ確認する!」
メカニックたちの動きは速い。
和希がバケットシートから這い出し、パイプ椅子に腰を下ろす頃には、すでに歪んだホイールは外され、地面に転がされていた。
「サービスアウトまで、あと十五分」
楓が和希の隣に立ち、ペットボトルの水を差し出す。
メカニックに向けていた鋭利な声は消え、そこにはパートナーを労う穏やかな響きだけが残っていた。
「……和希、水分摂って。少し目をつぶって、頭を休ませなさい。SS2、あの足でよくタイムを落とさず守りきったわね。クラス3位、維持してるわよ」
和希は冷えた水を一口、喉に流し込み、深く息を吐いた。
それでも視線は、作業中のリヤ周りに釘づけのままだ。
「……悪い、楓。あの泥、レッキでもっと警戒しておくべきだった」
「反省はあと。あそこから立て直して、次のSSまで持たせたんだから。今は次のことを考えて。……ほら、メカニックがグッドサイン出してる。ホイール交換だけで大丈夫そう」
和希の肩から、目に見えて力が抜けていく。
ようやく椅子の背にもたれ、目を閉じた。
工具の音と、メカニックたちの短いやり取りが聞こえる。
呼吸が落ち着くにつれ、ステアリングを握り続けていた指の強張りも、少しずつほどけていった。
「サービスアウトまで、あと五分。……そろそろ準備して」
楓の声に目を開ける。
ホイールを交換した青いスイフトスポーツが、ジャッキから地面に降ろされるところだった。
和希は立ち上がり、ペットボトルの蓋を締めた。
メカニックがホイールナットの締め付けを確認する間に、二人はそれぞれのシートに乗り込み、ベルトを締める。
「……次は、もう当てない」
「ええ。信じてるわ。……三分前」
和希がエンジンをかける。
楓はラリコンの数字を最終確認し、タイムカードを手に取った。
「残り二分。……よし、サービスアウト!」
青い相棒は再び午後のセクション――SS3へ鼻先を向けた。




