第4話 案の定のミスコース
青いスイフトスポーツは、SS1のスタート地点へ向けてリエゾンを走っていた。
国道を外れ、生活道路へ入る。道幅はじわじわと狭くなり、車窓の景色ものどかな農村地帯へ変わっていく。だが、車内にはすでに張りつめた空気が満ちていた。
「次、200メートル先。どん突き右」
ロードブックを睨みながら、楓が指示を飛ばす。
だが和希の視線は、前走車であるヴィッツのテールランプに引き寄せられていた。
楓は小さく息をつき、問題のページへ指先を押し当てる。
「……そろそろよ。あと80メートルで右折。そのあと50メートル先でもう一回右、さらにその40メートル先を左。わかってる?」
「わかってる。……でも前のヴィッツ、ちょっと遅いな」
「そっちじゃないでしょ。もっと車間を開けて。スピード落として、和希。40メートルなんて、時速40キロでも4秒ないんだから」
和希はアクセルを緩めた。
それでも、ルームミラーに映る後続車との距離が気になり、視線が前後を行き来する。
競技用の強化クラッチと、強めに効かせた機械式LSDが、低速で細かく舵を当てるたび、わずかなジャダーと異音を車内へ返してきた。
最初の突き当たりを右へ曲がる。
和希が前方へ目を向けたところで、楓の声が飛んだ。
「あ、ここ! 右、右折!」
和希はウィンカーを弾き、クイックな操作で細い路地へスイフトを滑り込ませた。
「だから、すぐ左だってば!」
「え、どこだ!? この民家の角か!?」
和希が視線をさまよわせた、その瞬間だった。
雑草に埋もれた細い農道の入り口が、助手席の窓のすぐ横をすり抜けていく。
「……あ」
ブレーキを強く踏み込んだ時には、もう遅い。
ルームミラーの中で、曲がるべき角が遠ざかる。
青いボディはノーズを沈ませ、ようやく停止した。
「……行き過ぎた」
楓がロードブックを膝に叩きつけるように下ろし、低い声で言った。
車内の温度が、一瞬で氷点下まで下がったような気がした。
「……いや、今のは分かりづらすぎるだろ。看板も何もない、ただのあぜ道じゃないか」
「言い訳はいいから、戻って!」
その一言には、反論を許さない強さがあった。
和希は舌打ちを飲み込み、ハザードを点けて後方を確認した。
後続の競技車は、迷いなく正解の角へ曲がっていく。
間違えたのが自分たちだけだという現実が、和希の焦りをいっそう強くする。
後ろに車がいなくなったのを確かめ、クラッチを踏み込んだ。
シフトレバーをリバースへ入れると、ギア鳴りが車内へ響く。和希は一度ニュートラルへ戻し、入れ直した。
身体を捻って後ろを見ながら、狭い道をゆっくりとバックする。
楓も窓越しに分岐の様子を確かめていた。
「……悪い。次はもっと早めに落とす」
「……わかればいい。これで30秒は消えたわ」
曲がり直せる位置まで戻ったところで停車し、和希はギアを1速へ入れた。
楓はダッシュボードのラリコンへ目を落とす。
時計は進み、次のTC1までの残り時間が無情に削られていく。
リエゾンでの30秒ロスは、ただ到着が遅れるという意味じゃない。
TCに着いてからヘルメットを被り、息を整え、スタートラインへ並ぶまでの貴重な余裕が、そのまま30秒削られたということだ。
「マージンはゼロ。先を急いで」
ミスをなすりつけ合っている時間はない。
失った時間は取り戻せなくても、その先の走りを乱すことだけは避けなければならない。
和希は息をひとつ吐き、意識を切り替える。
そして農道へスイフトの鼻先を向け、再びアクセルを踏み込んだ。




