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3速のレクイエム ――金欠ラリー屋たちの終わらない週末  作者: 久野 龍
第四部 ラリーはオフィシャルも楽しい
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第7話 R項の使い道

 夕方。ラリー本部が置かれたサービスパーク。

 競技を終えた車両が戻り、再車検などの業務も落ち着いて、大会は撤収の時を迎えようとしていた。


 埃だらけになった和希は、本部の建物でタバードを返却し、楓から今日のR項が入った茶封筒を受け取った。

 外へ出たところで、背中をばんばんと力強く叩かれる。


「おう、若者! 初のコースオフィシャルはどうだった? ヤリスの石ハネ、たっぷり食らったか?」

「お疲れ様です……最悪でしたよ。砂埃で口の中はジャリジャリだし、熊には怯えるし」


 和希がげっそりした顔で振り返ると、そこには見知った顔のベテランおじさまオフィシャルたちがいた。

 同じように土埃にまみれながらも、晴れやかな顔で笑っている。


「ガハハハッ! 違いねえ! でもよ、外から見る連中の走りも悪くなかっただろ?」

「……ええ。悔しいくらいに、いろいろ勉強にはなりました」


 素直に頷く和希を見て、おじさまたちは満足そうに笑い合った。


 そこへ、黒色のタバードを着た稀昭が、缶コーヒーを片手に近づいてきた。


「お疲れ様、和希。本当に全身埃だらけだね」

「稀昭、お前もやっと終わったのか」

「うん。僕もさっき車両保管と再車検が終わったところ。勉強になったよ。楽しかったし。あ、はい、これ差し入れ」

「おお、サンキュ!」


 和希が缶コーヒーを受け取ると、おじさまたちがにやりと笑った。


「おっ、技術の兄ちゃん。お前さん、あのスイフトの面倒みてるんだろ? 次はこの若者をしっかりスタートラインに立たせてやってくれよな! 俺たちゃ、林道で青いスイフトが走ってくるのを待ってんだからよ!」

「はい! 僕も、次は走ってほしいです!」


 おじさまたちは豪快に笑いながら手を振り、撤収作業へと戻っていった。


 その後ろ姿を見送ったあと、稀昭の視線が、缶コーヒーと一緒に和希の手に収まっている茶封筒へ移る。


「和希。……そのR項、どうするつもり?」

「え? とりあえず、お前に。修理代の足しに少しでも……」

「それは、次のエントリー費に回してよ」


 思いがけない言葉に、和希は稀昭の顔を見た。

 声はいつも通り穏やかだったが、目は真剣だった。


「今日、いろんな競技車を見て勉強になったよ。でも見てるうちに、僕が直したスイフトもここで走らせたいって、余計に思ったんだ」


 稀昭は一歩近づき、和希の肩を掴んだ。


「ドラシャも直した。足まわりも今の和希に合わせた。それなのにガレージで埃を被ってたら、ただの青くてデカい文鎮じゃないか!」

「文鎮って言うなよ……」

「だったら走らせてよ。何のために直したと思ってるの」

「わ、分かった! 分かったから落ち着け、稀昭!」


 熱弁を振るう親友に圧倒されながらも、和希の胸の奥がじんわりと熱くなる。


 走りたいのは、自分だけだと思っていた。

 稀昭はそのわがままに付き合って、車を直してくれているのだと。


 だが、肩を掴む手には、冗談では済まない力がこもっていた。


「……でも、お前のとこだって、金に余裕あるわけじゃないだろ」


 和希が言うと、稀昭はようやく手を離した。


「うん。だから修理代は、毎月少しずつ払って。こっちも仕入れがあるから、そこは約束してよ」

「……分割で、いいのか?」

「いいよ。払う額と日にちは、帰ったらちゃんと決めよう。その代わり、このR項は次のエントリー費に回して」

「……悪いな」

「それと、いつか表彰台に乗って、トロフィー見せてよね」


 稀昭の口元に、ようやく笑みが戻った。


「トロフィー持ってったら、修理代まけてくれる?」

「それとこれとは別」

「ですよね……」


 和希は苦笑し、手の中の茶封筒へ目を落とした。


 賞金を当てにできるわけでもない。走れば部品が減り、壊せばまた修理代がかかる。

 それでも、どうしてもあの林道を全開で走り抜けたかった。


「次は走ってよね。約束だからね、和希」

「……ああ。絶対、あのスタートラインに並んでやる」


 林道で目に焼き付けた、ライバルたちの走り。

 青いスイフトを待っている、と言ってくれた人たち。

 そして、車を仕上げて、自分と同じくらい走る日を待っている親友。


 夕焼けに染まるサービスパークで、和希は茶封筒を握りしめた。

 今日、林道に立って稼いだ金だ。次は、あの道を走るために使う。

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