第7話 R項の使い道
夕方。ラリー本部が置かれたサービスパーク。
競技を終えた車両が戻り、再車検などの業務も落ち着いて、大会は撤収の時を迎えようとしていた。
埃だらけになった和希は、本部の建物でタバードを返却し、楓から今日のR項が入った茶封筒を受け取った。
外へ出たところで、背中をばんばんと力強く叩かれる。
「おう、若者! 初のコースオフィシャルはどうだった? ヤリスの石ハネ、たっぷり食らったか?」
「お疲れ様です……最悪でしたよ。砂埃で口の中はジャリジャリだし、熊には怯えるし」
和希がげっそりした顔で振り返ると、そこには見知った顔のベテランおじさまオフィシャルたちがいた。
同じように土埃にまみれながらも、晴れやかな顔で笑っている。
「ガハハハッ! 違いねえ! でもよ、外から見る連中の走りも悪くなかっただろ?」
「……ええ。悔しいくらいに、いろいろ勉強にはなりました」
素直に頷く和希を見て、おじさまたちは満足そうに笑い合った。
そこへ、黒色のタバードを着た稀昭が、缶コーヒーを片手に近づいてきた。
「お疲れ様、和希。本当に全身埃だらけだね」
「稀昭、お前もやっと終わったのか」
「うん。僕もさっき車両保管と再車検が終わったところ。勉強になったよ。楽しかったし。あ、はい、これ差し入れ」
「おお、サンキュ!」
和希が缶コーヒーを受け取ると、おじさまたちがにやりと笑った。
「おっ、技術の兄ちゃん。お前さん、あのスイフトの面倒みてるんだろ? 次はこの若者をしっかりスタートラインに立たせてやってくれよな! 俺たちゃ、林道で青いスイフトが走ってくるのを待ってんだからよ!」
「はい! 僕も、次は走ってほしいです!」
おじさまたちは豪快に笑いながら手を振り、撤収作業へと戻っていった。
その後ろ姿を見送ったあと、稀昭の視線が、缶コーヒーと一緒に和希の手に収まっている茶封筒へ移る。
「和希。……そのR項、どうするつもり?」
「え? とりあえず、お前に。修理代の足しに少しでも……」
「それは、次のエントリー費に回してよ」
思いがけない言葉に、和希は稀昭の顔を見た。
声はいつも通り穏やかだったが、目は真剣だった。
「今日、いろんな競技車を見て勉強になったよ。でも見てるうちに、僕が直したスイフトもここで走らせたいって、余計に思ったんだ」
稀昭は一歩近づき、和希の肩を掴んだ。
「ドラシャも直した。足まわりも今の和希に合わせた。それなのにガレージで埃を被ってたら、ただの青くてデカい文鎮じゃないか!」
「文鎮って言うなよ……」
「だったら走らせてよ。何のために直したと思ってるの」
「わ、分かった! 分かったから落ち着け、稀昭!」
熱弁を振るう親友に圧倒されながらも、和希の胸の奥がじんわりと熱くなる。
走りたいのは、自分だけだと思っていた。
稀昭はそのわがままに付き合って、車を直してくれているのだと。
だが、肩を掴む手には、冗談では済まない力がこもっていた。
「……でも、お前のとこだって、金に余裕あるわけじゃないだろ」
和希が言うと、稀昭はようやく手を離した。
「うん。だから修理代は、毎月少しずつ払って。こっちも仕入れがあるから、そこは約束してよ」
「……分割で、いいのか?」
「いいよ。払う額と日にちは、帰ったらちゃんと決めよう。その代わり、このR項は次のエントリー費に回して」
「……悪いな」
「それと、いつか表彰台に乗って、トロフィー見せてよね」
稀昭の口元に、ようやく笑みが戻った。
「トロフィー持ってったら、修理代まけてくれる?」
「それとこれとは別」
「ですよね……」
和希は苦笑し、手の中の茶封筒へ目を落とした。
賞金を当てにできるわけでもない。走れば部品が減り、壊せばまた修理代がかかる。
それでも、どうしてもあの林道を全開で走り抜けたかった。
「次は走ってよね。約束だからね、和希」
「……ああ。絶対、あのスタートラインに並んでやる」
林道で目に焼き付けた、ライバルたちの走り。
青いスイフトを待っている、と言ってくれた人たち。
そして、車を仕上げて、自分と同じくらい走る日を待っている親友。
夕焼けに染まるサービスパークで、和希は茶封筒を握りしめた。
今日、林道に立って稼いだ金だ。次は、あの道を走るために使う。




