↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3速のレクイエム ――金欠ラリー屋たちの終わらない週末  作者: 久野 龍
第四部 ラリーはオフィシャルも楽しい
PR
33/36

第6話 サイレン目覚まし

 ――ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!


「うおわあっ!? 熊出た!?」


 静寂の森に突然響き渡ったけたたましいサイレンの音に、和希はびくっと体を跳ねさせ、危うく軽トラの荷台から転げ落ちそうになった。


 慌てて身を起こし、寝ぼけ眼をこすりながら林道の奥を見る。

 砂埃を巻き上げながら近づいてくるのは、オフィシャルカーの00カーだった。


「やべっ、もう午後のSS5の時間かよ!」


 スマホを見ると、止めた覚えのないタイマーが止まっていた。


「……俺、寝ながら消した?」


 考えている暇はない。

 急いで荷台から飛び降り、タバードを整えて黄旗を手に持ち場へ戻る。


 00カーが減速し、助手席からオフィシャルが顔を出した。


「ポスト7、異常ないか?」

「異常ありません!」

「よし、午後もよろしく!」


 爽やかに手を振り、00カーが走り去っていく。

 和希は頬を両手で叩き、眠気を追い払った。


 ほどなくして0カーが現れ、けたたましい排気音とともにジャンクションを駆け抜けていく。


「……来たな」


 和希が身構えると、遠くの山からパンッ! パパパンッ! とアンチラグの爆音が鳴り響き始めた。


 午前中のSS2でコースの砂利が掃け、下地が見え始めている。

 午後のSS5では、そこを競技車たちがさらに鋭い勢いで駆け下りてきた。


 ババババババッ!!!


「うおぉぉぉっ! 痛ぇっ!!」


 ゼッケン1番のGRヤリスが、午前中よりも鋭くコーナーを立ち上がり、容赦ない石礫の雨を飛ばしていった。

 掘り返された轍から跳ねる石は大きく、脛に当たった一発で和希は思わず片足を引く。


 その後も、ランエボ、WRXといったハイパワー4WD勢が次々とジャンクションを駆け抜けた。

 和希は飛んでくる石を避けようと立ち位置をずらしたが、風に流される土埃まではどうにもならない。


「ペナルティ……! 絶対こいつら全員に石ハネのペナルティ科してやる……っ!」


 理不尽な怒りを叫びながらも、各車のライン取りはしっかりと目に焼き付けていた。


 やがて、午前中に轢かれかけた黄色いZC33Sがやってくる。

 今度はブレーキをロックさせることもなく、荷重移動でリアを滑らせ、ジャンクションを綺麗に、そして猛烈なスピードでクリアしていった。


(……ちくしょう。やっぱアイツ、速えな)


 立ち上がりの排気音が遠ざかっていく。

 和希はその姿が消えた先を見つめ、悔しさと闘志を噛み締めた。


 ――――――


 すべての競技車が通過し、コースクリアを告げるスイーパーを見送ってから数十分後。

 コーステープの回収準備をしていた和希のもとへ、スタート地点に配置されていたオフィシャルたちが、コースの片付けをしながら車でやってきた。


「おーい和希! 役務終了だぞー! 撤収撤収ー!」

「お疲れ様でしたーっ!」


 見知った顔のおじさまたちの声に、和希はようやく全身の力が抜けるのを感じた。


 ダンロップテープを巻き取り、杭を抜く。

 回収した資材を軽トラの荷台へ積み込み、残したものがないか周囲を確かめてから、和希はオフィシャルカーの後に続いて林道を下っていった。


 長かった陸の孤島でのサバイバルが、ついに終わったのだ。


 舗装路へ出た途端、妙に静かだった。

 ついさっきまで、石を浴び、土埃を食らい、熊に怯えながら林道の分岐に立っていたのが嘘みたいに、軽トラの車内にはエンジン音とタイヤノイズしかない。


「……終わった、のか」


 ハンドルを握る腕から、余計な力が抜けていく。

 タバードの胸元は土埃で白っぽくなり、腕も首筋もざらざらだった。髪の間にはまだ細かい砂利が残っている気がする。


 なのに、不思議と嫌な感じはしなかった。

 競技車に乗っていなくても、自分も今日、ちゃんとラリーの一日を戦った。

 そんな手応えが、疲労の底に残っていた。


 サービスパークへ戻り、本部の建物前で軽トラを降りた和希は、入口から出てきた人影にぎょっとした。


 藍華だった。

 見慣れた顔が、見慣れないほどげっそりしている。


「……藍華? お前、なんか老けてないか?」

「あ……あとキー……生きてたんだ……」


 普段はうるさいほどに元気な藍華が、焦点の合っていない目で和希を見上げてくる。

 手にはクリアファイルの束。冷房の効いた部屋にいたはずなのに、肩までぐったり落ちていた。


「何があったんだよ。俺の林道サバイバルより過酷な目にでも遭ったのか?」

「……楓さん、超厳しい……」

「えっ?」


 藍華が恨めしそうに振り返る。

 開いた入口の向こうでは、楓がパソコンの画面と手元の書類を見比べ、キーボードを叩いていた。


「ゼッケン12のSS6、記録を照合したいので、こちらも確認してもらえますか」


 隣のオフィシャルへ書類を渡した楓が、顔を上げる。


「あ、藍華ちゃん、SS5の暫定リザルトを貼ってきて。そのあとゼッケン12のクルーを呼んでくれる? タイムの確認があるの」

「……はいぃ……」


 返事の途中で、楓の机へ新しい書類が届いた。

 楓も缶コーヒーへ伸ばしかけた手を引っ込め、そちらを受け取る。


 藍華は抱えていたファイルを机へ戻すと、印刷されたリザルトを受け取り、ふらふらと掲示板へ向かった。


 貼ったと思えば、次の用事。

 その間にも、本部には人と書類が次々に入ってくる。


 和希は入口から中を覗き、口を閉じた。

 冷房が効いていれば楽だろう、と思っていた自分の認識が、少しだけ崩れる。


 土埃まみれの林道で、石礫と孤独に耐えた和希。

 涼しい本部で、途切れない仕事に追われた藍華。


 どちらが過酷だったのか、和希には判断がつかなかった。


「……裏方って、マジで楽じゃねえな……」


 自分の土埃まみれのタバードを見下ろし、和希は深くため息をついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。