第5話 束の間の昼休み
怒涛のSS2が終了した。
最後尾を走るコースクリア確認のオフィシャルカー、『スイーパー』が和希の目の前をゆっくりと通過していく。
「ポスト7、異常なし!」
「お疲れ様ー! 次のSS5までゆっくり休んでなー!」
スイーパーのオフィシャルと手を振り合い、車が見えなくなると、林道のジャンクションには再び鳥のさえずりと風の音だけが残された。
先ほどまでの爆音と砂煙が嘘みたいな、平和で静かな森の景色である。
「……終わった……。俺、生きてる……」
全身泥だらけの和希は、分岐を塞ぐテープに異常がないことを確かめ、ふらふらとした足取りで相棒の軽トラへ戻った。
黄色いZC33Sに轢かれかけた時のアドレナリンが抜け、どっと疲労が押し寄せてくる。
しかし、それ以上に和希を支配していたのは、限界を迎えた胃袋からの自己主張だった。
「メシだ……! 弁当!!」
和希は助手席に避難させていた地元弁当屋の幕の内弁当を引っ張り出し、運転席へ腰を下ろした。
膝に載せ、待ちに待った蓋を開ける。
すっかり冷めてしまってはいるが、白米に唐揚げ、甘い卵焼きがぎっしり詰まっている。
唐揚げにかぶりつき、すかさず白米を頬張った。
「うまっ……! なんだこれ、めちゃくちゃ美味い……っ!」
大自然のど真ん中、泥だらけになって働いたあとに食べる冷めた幕の内弁当は、どんな高級フレンチよりも美味しく感じられた。
無心でかき込み、最後の一粒まで平らげてお茶で流し込むと、和希は大きく息を吐いた。
「ふぅー……食った食った……」
空箱と割り箸をビニール袋へまとめ、助手席の足元へ置く。
満腹感が胃に落ち着いたところで、さっきまで林道を駆け抜けていったライバルたちの走りが、ぼんやり脳裏へ蘇った。
86の進入。四駆勢の立ち上がり。
そして、黄色いZC33Sがロックから立て直した一瞬。
「……外から見ると、いろいろ分かるもんだな……」
悔しさと感心が、弁当の余韻と一緒に腹へ落ちていく。
自分が次に走る時、あのS字へどう入るか。どう姿勢を作るか。
そんなことを考えてしまうあたり、結局どこまでいってもドライバーだった。
「さて、午後のSS5まであと数時間あるしな……」
和希は腕時計で時間を確認し、スマホのタイマーをセットする。
満腹感と、昨晩の『イビキのサラウンド』による睡眠不足、そして早朝からの肉体労働。すべての条件が揃い、まぶたは限界の重さに達していた。
「寝る。俺はもう限界だ……」
シートを後ろに倒そうとして――気がついた。
「……あ、軽トラだからシート倒れねえじゃん」
背もたれは無情にも直角のまま固定されている。
和希は一度車から降り、直角のシートと、その後ろに広がる『平らなスペース』を交互に見比べた。
「……あそこにあるじゃん。最高のフルフラットベッドが」
和希は迷うことなく、軽トラの荷台へよじ登った。
持参したリュックサックを枕代わりにし、ゴロンと仰向けに寝転がる。背中には鉄板の硬さを感じるが、首を直角に曲げて寝るよりは百倍マシだ。
見上げれば、木々の隙間から北海道の高く青い夏空が広がっている。
肌を撫でる森の風が、火照った身体に心地よかった。
ふいに、近くの藪ががさっと鳴った。
和希は反射で半身を起こしかける。
「……っ、熊!?」
次の瞬間、飛び出してきたのは小さな野鳥だった。
和希は気の抜けた息を吐き、リュックへ頭を戻した。
「脅かすなよ……。熊来たら、その時考えよう……おやすみ……」
数分後。
林道のジャンクションに停められた軽トラの荷台から、静かな寝息が聞こえ始めた。
午後のSS5まで、しばし休戦だった。




