第4話 林道の洗礼
パンッ! パパパパンッ!!
遠くの山肌を反響しながら、けたたましいアンチラグの破裂音が近づいてくる。
「……来る!」
次の瞬間、ブラインドコーナーの奥から、四輪を豪快に滑らせながらゼッケン1番のGRヤリスが飛び出してきた。
ババババババッ!!
ジャンクションを凄まじいスピードで駆け抜けたヤリスが、容赦なく後方へ石を蹴り飛ばす。拳ほどのサイズの砂利が、雨霰のように和希の足元や軽トラのボディへバチバチと弾けた。
「うおぉぉっ!?」
和希は思わず腕で顔を覆った。
その後も、ハイパワーな4WDターボ勢が一分間隔で次々と襲来する。
車内にいる時は、ロールケージや鉄板に守られていて気にならなかった。だが、生身で外に立って浴びるラリーカーの迫力は、まさに“暴力”だった。巻き上がる土埃で口の中はジャリジャリになり、排気ガスの匂いが鼻を突く。
「なんだよあれ……あんな速度で林道走ってんのかよ、アイツら……」
改めて外から見るトップ選手たちの走りに、和希は戦慄した。
しかし、数十台が通過し、いよいよ自分と同じ『RA-2』クラスの車両がやってき始めると、和希の目に宿る感情は“恐怖”から“分析”へと変わっていった。
「86……あいつ、あんな手前からフェイント入れてたのか。うわ、あのアプローチだと立ち上がりでどうしても外に膨らむな。なるほど……」
ドライバーズシートから見える景色と、コース外からの定点観測では、得られる情報がまるで違う。
ライバルたちのライン取り、ブレーキングポイント、荷重移動のクセ。
それらが面白いように見えてくるのだ。
「……くそっ。見てたら余計に走りたくなってきた……!」
砂埃に塗れながら、和希の中でドライバーとしての闘志がふつふつと再燃し始めた、その時だった。
クァァァァァンッ!!
ひときわ甲高い排気音と共に、S字コーナーへオーバースピードで突っ込んでくる黄色い車影が見えた。
朝のレッキスタート地点で和希をイジってきた、あの黄色いZC33Sだ。
「おい……いくらなんでも突っ込みすぎだろっ!」
ジャンクション手前のハードブレーキング。
しかし、ルーズグラベル(浮き砂利)に乗ったフロントタイヤが、無情にもズザザザッ!と音を立ててロックした。
(ブレーキロック……!?)
ステアリングを切っても、ロックしたフロントは言うことを聞かない。アンダーステアを出した黄色いスイフトが、砂煙を上げながら、和希の立つジャンクションの封鎖テープと和希自身へ向かって真っ直ぐ突っ込んでくる。
「うおあああああっ!?」
外に立つ和希の絶叫が、林道の空気に虚しく響く。
爆音の排気音と、鉄板を打ち据える凄まじい砂利の音にかき消されて、車内へ声が届くはずもない。
だが、フロントガラスの奥では、完全に目をひん剥き、口を大きく開けたドライバーが、間違いなく車内でも絶叫しているのがバッチリ見えた。
和希が反射的に身を引いた、そのほんのコンマ数秒。
キュッ、と一瞬だけブレーキがリリースされ、フロントのグリップが回復する。
すかさず強引にステアリングがこじられ、リアが大きくスライドした。黄色いボディが和希の目の前、わずか数十センチをかすめ、バンパーでダンロップテープをふわりと揺らしながら、辛うじて正規のコースへと向きを変えた。
バババババッ!!と大量の砂利を和希の顔面へ浴びせ、ZC33Sは何事もなかったかのように猛然と走り去っていった。
「……………………」
静まり返ったジャンクション。
全身埃だらけになった和希は、放心したままその場へへたり込んだ。
「……寿命、縮むわ……っ!」
膝の震えが止まらない。
だが同時に、和希の口角は自然と吊り上がっていた。
「あいつ……あのパニックからよく立て直したな……。ちくしょう、次に走る時は絶対に負けねえ……!」
和希は、頬についた砂利を乱暴に払い落とした。
恐怖。屈辱。
そして、強烈なライバル心。
全身でラリーの熱を浴びた金欠オフィシャル和希の、長く過酷な一日は、まだ始まったばかりだった。




