↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3速のレクイエム ――金欠ラリー屋たちの終わらない週末  作者: 久野 龍
第四部 ラリーはオフィシャルも楽しい
PR
30/36

第3話 林道の門番

 東の空が白み始めた頃。

 林道の入り口に設けられたレッキのスタート地点に、野太い排気音が次々と響き渡ってきた。


「おはようございます。ゼッケン確認します。レッキ指示書、出してください」


 バインダーを抱えた和希が、窓を下ろした競技車に近づき、事務的な声で話しかける。

 差し出されたレッキ指示書を受け取り、通過時刻と自分のサインを記入して返した。


 レッキに来るのは、本番を走る競技車だ。

 ロールケージが張り巡らされた車内には、二名分のバケットシート。ヘルメットこそ被っていないものの、そこに座るクルーたちは、これから始まるラリーへ意識を向けている。


 書類を返すたび、目の前の一台が林道へ入っていく。自分だけが、この場に残される。

 分かっていて引き受けた仕事なのに、これが思った以上に堪えた。


「おっ? あれ、和希じゃん! なんでタバードなんて着て外に立ってんの?」


 一台の黄色いZC33Sスイフトスポーツが、和希の前で止まった。

 運転席からニヤニヤと笑いかけてきたのは、同じRA-2クラスを戦う顔見知りだった。


「……前回のSS6でドラシャ折って、修理代でスッカラカンになったんだよ。いいから早く用紙出せ」

「マジか! アハハ、ZC31Sの維持費に泣かされてオフィシャル行きとか、ウケるな!」

「うるせえ! お前だって前回ミッション降ろしてただろ!」


 和希が吠えながら通過時刻を書き込んでいると、後ろで順番待ちをしていた車から、短くクラクションが鳴った。


「おーい、オフィシャルさーん! 早くしてくれよー!」

「ライバルが減って、今日は気が楽だぜー!」


 窓から顔を出して野次を飛ばしてくるのは、86のドライバーや、アルトワークスのコ・ドライバーたちだ。


 スイフトに86、ミラージュ、ヴィヴィオ。顔ぶれも車種も賑やかなRA-2では、和希の金欠など、格好のイジりネタだった。


「くそっ……俺の青スイフトだって、エントリー費さえあれば今頃あそこの列に並んでたのに……! 車は完璧に直ってんのに……っ!」


 それでも手は止めず、サインを済ませた指示書を返す。

 次々と林道へ入っていくライバルたちの後ろ姿を、和希は恨めしそうに見送った。


 ――――――


 全車のレッキが終了したあと、和希は再び軽トラに乗り込み、本番の配置であるポスト7へと向かった。


 林道の中間地点にある、S字コーナーのジャンクション。

 見渡す限り、木、木、木。


 一般車が誤って進入しないよう、分岐する道はダンロップテープで封鎖されている。

 競技車の通り道を避けて軽トラを停めると、和希は周囲を見回した。


 誰もいない。


「……暇だ」


 レッキを終えたエントラントたちは、サービスパークへ戻り、車検やドライバーズブリーフィングを受けているはずだ。

 和希の持ち場はSS2。手元の予定表を見ても、00カーの通過まではまだ一時間以上ある。


 和希は腕時計を見て、もう一度予定表を見た。

 何も変わらない。


 携帯の電波はもちろん圏外。SNSで時間を潰すこともできない。

 鳥の鳴き声と、風が葉を揺らす音しか聞こえない森の中で、腰に下げた鈴をチリンチリンと鳴らす。


 笹が擦れるたび、ついそちらへ顔を向けてしまう。

 熊ではない。たぶん、風だ。


 そうして待つこと、一時間強。

 すっかり森の静寂に溶け込みそうになっていたその時、サイレンを鳴らしながら一台の車が近づいてきた。


「おっ、やっと来た!」


 本番直前のコースの安全確認を行うオフィシャルカー、00カーだ。

 和希の前で減速して停まり、助手席からオフィシャルが顔を出した。


「ポスト7、異常ないか?」

「異常ありません!」

「よし。今日のスタートリスト。それと、お待ちかねのオフィシャル弁当だ!」

「……っ! 神様!!」


 窓から手渡されたA4の紙と、ほんのり温かい地元弁当屋の幕の内弁当。

 孤独に耐えていた和希は、受け取った弁当を宝物みたいに抱えた。


「じゃ、競技始まるからしっかり頼むぞ! ご安全に!」

「はいっ! お疲れ様です!」


 00カーが走り去り、和希はようやくほっと息をつく。

 軽トラの荷台に腰掛け、待ちに待った弁当のビニール袋をガサゴソと解き、割り箸を取り出した――その瞬間。


 ブロロロロオォォォッ!!


「うおっ!?」


 00カーに続いてやってきた0カーが、凄まじい排気音を響かせてジャンクションを通過していった。

 巻き上がった土埃が風に流されてくる。和希は慌てて弁当を背中で庇った。


「……あー……そうだった、時間ねぇや」


 0カーが通過したということは、競技車がやってくるまで、もう間もない。

 遠くの山の方から、アンチラグの破裂音がパンッ、パンッと微かに鳴り響き始めている。


「……弁当、食ってる場合じゃねえわ……!!」


 和希は泣く泣く割り箸を戻し、弁当を軽トラの車内へ大切に避難させた。

 スタートリストをバインダーに挟み、コース外の持ち場へ戻る。


 さっきまでは、あれほど待ち遠しかった排気音。

 今はそれが近づく方へ目を向け、和希はバインダーを抱え直した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。