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3速のレクイエム ――金欠ラリー屋たちの終わらない週末  作者: 久野 龍
第三部 新生(?)結城工務店レーシング
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最終話 焼肉大会という名の反省会

 夜の帳が下りた、稀昭の修理工場。

 シャッターは半分だけ開け放たれ、オレンジ色の投光器が、ウマに載せられた痛々しい青いスイフトスポーツを照らしていた。


 前足を失ったその姿は、どう見ても満身創痍だ。


 ジュウウウゥゥゥ……ッ!


 ガレージに響くのは、エンジン音ではない。

 カセットコンロの上に置かれた安物の焼肉プレートで、肉が焼ける音だった。


「はい、豚バラ焼けたよ。あとキー、焦げる前に食べな」

「おう……」

「こっちは、半額シール付きのメインディッシュ牛カルビ。うちの工場には、隣の社長チームみたいな高級黒毛和牛なんてないんだから、ありがたく食べな」


 パイプ椅子に座った藍華が、トングで肉を返していく。

 最初は稀昭に焼け具合を確かめてもらっていたが、今では自分で焼けた肉を見分け、皿へ配るようになっていた。


 和希は無言で紙コップのコーラをあおり、差し出された牛カルビを白米と一緒に掻き込んだ。

 濃いタレと脂の味が、疲れきった身体にしみる。


「……うまい」

「でしょ。リタイアの味」

「お前はほんと一言多いな!」


 藍華はどこ吹く風で、次はエリンギを並べ始める。

 その横で、手洗いを済ませた稀昭が、ツナギ姿のまま椅子へ腰を下ろした。


「はぁ……。左のドラシャ、見事にポッキリいってたよ。等速ジョイントのブーツも破れて、ハブ周りは飛び散ったモリブデングリスでドロドロ。掃除する僕の身にもなってよね……」

「悪かったって! ドラシャ交換も掃除も、ちゃんと俺が手伝うから!」

「当然だよ。部品代はきっちり払ってもらうよ。ヤフオクで中古あるかな……いや、いっそ強化品入れる? ……あー、面倒くさい!」


 文句を言いながらも、稀昭の頭はもう次の修理段取りへ切り替わっている。


「……修理の相談の前に、今日の走りを見直すわよ」


 ガレージの隅の作業台。

 そこで一人、黙々と塩タンを食べていた楓が、ノートパソコンの画面をくるりとこちらへ向けた。


「ドラシャが折れたSS6。和希、ここを見て」


 楓がエンターキーを叩く。

 爆音とともに、林道を突き進む車載映像が再生された。


 画面の中では、深い轍に沿ってスイフトが激しく揺れている。

 和希は細かくステアリングを修正しながら、アクセルを踏み続けていた。


『右4、ギャップ! 次、左3マイナス、轍深い!』

『しゃああっ!』


 楓の声。和希の気合。

 コーナーを抜けた先で、次の指示が飛ぶ。


『いいペース! 次、クレスト越えてすぐ右5ロング、70! 踏みちぎれ!』

『おうよッ!』


 映像がふわりと浮き、着地の衝撃で跳ねた。

 直後、ゴガンッ! という破壊音とともに画面が激しく揺れ、エンジン音だけが急に高くなる。


「ほら、ここ」


 楓が映像を巻き戻し、着地直後で止めた。


「午前中とは路面が変わってる。硬い岩盤が露出してるのに、深い轍から抜けないまま加速してるわ」

「うっ……」

「着地で姿勢が乱れてたのに、そのまま踏み込んだ。もう少し車が落ち着くのを待てなかった?」

「……タイム、取り返したくて」


 和希はうつむき、ウインナーを噛みしめた。

 あの時は、まだいけると思っていた。午前中に失った分を、少しでも削りたかった。


「……ごめん。俺が、もっと冷静に車を労わって走れてたら……」

「私もよ」


 思いがけない言葉に、和希は顔を上げた。

 楓は止まった画面を見つめている。


「あそこで踏めって言った。路面が荒れてるのは分かってたのに、タイムに気を取られてたわ」


 画面には、岩の露出した轍が映っていた。

 和希は紙皿を膝へ置き、しばらくその一点を眺める。


「……二人して熱くなってたってことか」

「そうね」


 プレートの上で、脂がぱちりと跳ねた。

 稀昭が手を伸ばし、端で焦げかけていたウインナーを自分の皿へ取る。


「でもね」


 楓が画面を切り替えた。

 映し出されたのは、SS2終了時点のリザルトだった。


「SS2を終えた時点では、クラス3位。上のクラスのターボ勢にも食い込んでる」

「え……?」


 和希が画面へ身を乗り出す。

 稀昭も、口へ運びかけたウインナーを止めた。


「お金もない。十分にテストする時間もなかった。それでも、和希の走りと稀昭くんのセットアップは、林道でちゃんと通用してたの」


 楓は自分たちの名前が並ぶ行を指した。

 和希はその横のタイムを見て、さらに上の順位へ目を走らせる。


「笹藪で落とした分もあるから、今日そのまま表彰台に乗れたとは言わない。でも、そこを狙える速さはあったのよ」


 そこで、楓の口元が少しだけ緩んだ。


「次は、最後まで走り切るわよ。速く走るだけじゃなくて、車を残すところまで、二人で考えるの」

「……おうっ!」


 和希の目に、再び闘志が戻る。

 ドラシャが折れた金属音は、まだ耳に残っている。修理代も消えてはいない。

 それでも、画面の中のタイムは、今日のすべてが無駄ではなかったと教えてくれた。


「聞いたか稀昭! 俺たち、いけるぞ! 次のラリーは絶対に勝つ!」

「勝つ前に、まず目の前のグリスまみれの車を直すのが先でしょ。ほんと、単細胞のドライバーはこれだから……」

「次もサービス頼むぞ!」

「お断りします!」


 即答しながらも、稀昭の顔には笑みが浮かんでいた。


「あーあ、また車バカの熱血トークが始まっちゃった。はいはい、勝つのはいいけど、肉が焦げる前に食べてよ」


 藍華が呆れたように言いながら、焼けたカルビを和希の紙皿へ放り込む。


「サンキュ、藍華!」


 和希は大きな口でそれを頬張った。

 隣で稀昭が次の肉へ箸を伸ばし、楓もパソコンを脇へ寄せて紙皿を差し出す。

 藍華は「焼くの追いつかないんだけど」と文句を言いながら、空いた場所へ肉を並べた。


 泥だらけで、油まみれで、いつもぎりぎり。

 それでも彼らの、最高に馬鹿げていて、最高に楽しい日々は、まだ終わらない。

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