第2話 インカーチェック
温泉街の外れにある安宿の一室で、古いテレビが青白い光を放っていた。
和希のノートパソコンから伸びたHDMIケーブルが壁掛けのテレビに繋がれ、画面には今日のレッキで撮ったインカー映像が映し出されている。
低速で進む青いボンネットが、左右に細かく揺れる。
スピーカーからはロードノイズに混じって、和希と楓の声が途切れ途切れに流れていた。
「……止めて。ここだ。このストレート」
和希がスペースキーを叩き、映像を一時停止させる。
画面に映し出されたのは、緩やかな右カーブの先、木々のあいだへ吸い込まれるように伸びる長い直線だった。
「ノートだと『150』にしてるけど、実際はもっと短く感じる。楓、ここのコール、もう半拍早められるか?」
楓は手元のノートを開き、付箋の貼られたページを指先でなぞった。
「半拍ね。……でも和希、ここで次の『左5』まで入れると、意識がそっちに行って、手前でアクセルを戻さない?」
「いや、逆だ。先に左5があるって分かってた方が、全開区間をどこまで引っ張れるかだけに集中できる。今のままだと、見えない出口を探りながらアクセルを戻すことになる」
楓は画面の消失点をじっと見つめ、それから納得したようにペンを走らせた。
『150』の横に、彼女にしか分からない鋭い記号が書き足される。
「わかった。ストレートの入りで、次を叩き込む。……その代わり、突っ込みすぎて青いボディを凹ませないでよ。終わったら、私が磨くんだから」
「……善処する」
和希は苦笑しながら、再び再生ボタンを押した。
例の『右4タイトゥン2、キープイン』の場面が流れる。大きな画面で見ると、レッキの低速走行でも出口の狭まり方がはっきり分かり、ガードレールのない路肩がじわりと近づいてくるのが見えた。その向こうは崖だ。
「……こうして見ると、本当に嫌な曲がり方だな。イン側、かなり土が出てるぞ」
「ええ。でも『2』の理由、今ならよく分かるわ。出口のライン上に砂利が溜まってる。『3』のつもりで進入したら、そのまま外へ持っていかれる」
二人は何度も同じ場面を繰り返した。
シークバーを数秒だけ戻しては、スロー再生で路面の継ぎ目やギャップを拾っていく。
それは、明日の本番速度でこの道に飛び込むための、緻密な脳内リハーサルだった。
夜も更けた頃、楓がパソコンの画面を閉じ、大きく伸びをする。
「……よし。全セクション、修正完了。これで明日は、私があなたの目になる」
「頼りにしてる」
和希は窓の外へ視線を向けた。
暗闇の向こうには、明日自分たちが駆け抜ける山々が、息を潜めるように横たわっている。
机の上には、何度も書き直したペースノートと、明日のTC0時刻が記されたアイテナリー。
青いスイフトスポーツは宿の駐車場で、冷たい夜気に包まれながら静かに眠っていた。
明日、あのエンジンを目覚めさせた瞬間、二人の長い一日が始まる。




