第1話 金欠プライベーターの最強チーム結成?
ロイヤルホストのテーブル席。
冷めかけたビーフジャワカレーの皿を脇へ押しやり、和希は楓から借りたノートパソコンのエンターキーを、ターンッ! と勢いよく叩いた。
「ほら、楓! できたぞ!」
得意げに画面を向ける。
表示されているのは、次戦ラリーの参加申込書だ。小難しい特別規則書と格闘した末、ようやく全項目を埋め終えた力作だった。
「……どれどれ?」
楓は画面を覗き込み、数秒後、心底呆れたように深いため息をついた。
「……あんた、ほんと単細胞ね」
「は?」
「私の住所、変換ミスしてるのよ」
細い指が、コ・ドライバー欄を指す。
「嘘だろ!?」
「ほら、ここ。なんで毎回まっさらなデータから打ち直してるの? 前回の入力、上書き用に残してないわけ?」
「してねーよ!」
和希はなぜか堂々と胸を張った。
「残しなさいよ。……この前、おじいちゃんも書類の誤字が多いってぼやいてたわよ」
「今それ関係ねぇだろ!」
「あるわよ。いいから早く直しなさい!」
「へいへい」
口を尖らせつつ、和希はキーボードへ向き直る。
そんな二人を特等席で眺めていた藍華が、メロンソーダのストローから口を離した。
「……あとキーはバカ、ってことがよくわかった」
「うるせえクソガキ!」
「事実じゃん。ほら、手、止まってる」
見習いの容赦ないツッコミと、裏の支配者の監視。
和希のラリーに向けた戦いは、すでにパソコンの画面上で始まっていた。
――――――
ラリー開催の二週間前。
参加申込書の誤字も無事に修正され、申込は済んでいた。
息を吹き返した青いスイフトスポーツを前に、稀昭の修理工場ではひとつの重要な会議が開かれていた。
「で、次戦のサービスはどうするのよ」
クリップボードを片手に、楓が切り出す。
自分たちでできる作業もある。だが、限られたサービス時間で点検も修理もこなすとなれば、走る二人だけでは手が足りない。
稀昭がいてくれれば、どれほど心強いか。
「チームのみんなは?」
「全日本戦と被ってて無理だって。向こう優先なのは仕方ないけど……」
「まあ、全日本が先よね。うちは地方戦のプライベーターだし」
その現実を受け止めつつも、和希は当然のように隣で工具を片付けている稀昭の肩をばんばん叩いた。
「頼むぞ、我がチームのチーフメカニック!」
「……え、僕? いやいや、和希。聞いてないよ」
稀昭は露骨に顔を引きつらせ、和希の腕を払いのけた。
「ラリーの週末、うち普通に営業日だよ。車検待ちの車も三台入ってるし、月曜納車もある。ボランティアでラリーの手伝いに行ける余裕なんてどこにもないって」
「冷たいこと言うなよ! お前がいないと、本番でドラシャ折れた時、俺ひとりじゃどうにもなんねぇだろ!」
「じゃあ折らないように走ればいいじゃないか。だいたい、丸二日店を閉めろって、普通にブラックだよ」
温厚な稀昭も、自分の仕事が絡めば譲らない。
和希はぐぬぬと唸り、楓へ助けを求めるように視線を送ったが、返ってきたのは冷たいひと言だけだった。
「あんたの根回し不足でしょ」
「どうしよう……楓、社長、週末暇じゃないかな……」
「七十過ぎのおじいちゃんにジャッキアップさせる気? 殺すわよ」
万事休す。
和希が頭を抱えてしゃがみ込みかけた、その時だった。
「はいっ! 私、行きます!」
工場の隅から元気よく手が挙がる。
ドラム缶に腰掛けてスマホをいじっていた藍華が、目をきらきらさせて立ち上がっていた。
「藍華?」
「私、サービス手伝う! 雑用でもなんでもやるから、ラリー行きたい!」
あのファミレスでインカー動画を見て以来、藍華は会うたびにラリーのことを聞いてくるようになっていた。
「……ちょっと待って。藍華、本気?」
頭を抱えたのは兄の稀昭だ。
「夏のラリー会場なんて、暑いし、埃っぽいし、雨降ったら最悪だし、トイレも遠い。藍華、そういうの全部嫌いでしょ」
「全部我慢するし!」
「まあ、本人が行きたいならいいんじゃね?」
「そうだよ! まえキーが整備するなら、私べつに大したことしなくてよさそうだし!」
「僕、行く前提なの?」
げんなりする稀昭をよそに、和希は妙に真剣な顔で言った。
「……いや、藍華は昼メシ担当でいい」
「は?」
「ケータリング。飯作ってくれるだけでいい」
「……私、料理できねぇし」
「……」
「……」
気まずい沈黙が落ちる。
その脇で、楓が稀昭の方へ歩み寄った。
「あら、心配なの? 稀昭くん」
「そりゃあ……いくら結城さんと和希がいるとはいえ、初めての会場だし」
「私たちが走ってるあいだ、藍華ちゃんはサービスで待つことになるでしょ。初めての現場で、いきなり一人は心細いんじゃない?」
稀昭が妹を見る。
藍華はすかさず、期待に満ちた顔を兄へ向けた。
「私も、横に乗ってるあいだは藍華ちゃんの面倒まで見きれないもの。……あーあ。誰か、腕が良くて、藍華ちゃんの保護者も兼ねてくれる優しいメカニックが来てくれたら安心なんだけどなぁ」
わざとらしく天を仰ぐ楓。
和希には、その背中に悪魔の羽が見えた気がした。
「……心配なのと、店を空けられるかは別だからね」
稀昭は釘を刺してから、壁の作業予定表を見上げた。
車検と納車の予定を目で追い、しばらく黙り込む。
「和希。今週と来週、仕事終わりに来られる?」
「お、おう」
「洗車と清掃、それから片付け。そっちを任せられれば、僕は整備を進められる。……納車までに終わらせられるか、段取りを組み直してみるよ」
「やる。全部やる!」
「藍華もだよ。行きたいなら、準備から手伝って」
「わかった!」
二人の返事を聞いても、稀昭はまだ予定表から目を離さなかった。
指先で最後の納車予定を確かめ、ようやく深く息を吐く。
「……よし。二人とも、今の返事、忘れないでよ。お客さんとの約束に間に合わせてから行くんだからね」
「よっしゃあああ! チーフメカニックとケータリング係、ゲット!」
「和希、サービス出張費は別に請求するからね!」
「……お手柔らかにお願いします」
勢いよく上がった和希の両手が、すごすごと下がる。
その隣では、藍華が満面の笑みでガッツポーズを決めていた。
こうして、金欠で単細胞なドライバー、裏の支配者たるコ・ドライバー、過保護で有能なメカニック、そして料理のできないケータリング係による、即席のラリーチームが結成された。




