第7話 復活のスイフト
「くっさ!」
翌朝。
工場の高い窓から差し込む朝日と、その悲鳴みたいな声で、和希は目を覚ました。
はっと目を開けて、自分が楓の戦闘席――助手席側のフルバケットシートに収まったまま寝落ちしていたことに気づく。
コルセットみたいに身体をがっちり支えられていたおかげで、昨日限界を迎えていた腰の痛みは、思ったよりましだった。
隣の運転席では、稀昭が目を覚まし、和希がかけたブランケットを指先でつまみ上げて顔をしかめている。
「……なんだよ、朝っぱらから」
「和希、このブランケットめちゃくちゃカビ臭いんだけど! あとオイルと土と汗が混ざったみたいな、凶悪な匂いするし! なんでこんなの掛けたの!?」
「楓が遭難対策で積んでるやつだからな。命が助かっただけありがたく思え」
「いや、毛布、事務所にあるよね!?」
和希は大きく伸びをして、スマホの時計を見る。
時刻は月曜の朝八時すぎ。
本来なら結城工務店で事務服に着替えている時間だが、昨日の現場仕事の代休を取っている。今日は慌てる必要がなかった。
「……にしても、なんでここまで急いでミッション組んだんだよ。お前、ろくに寝てないだろ」
欠伸混じりに尋ねると、稀昭は恨めしそうな目を向けてきた。
「結城さんが昨日の朝、来たんだよ。毎日毎日、和希から『スイフトに乗れなくてストレスマッハだ!』って電話来るの、どうにかしてって」
「っ、あいつ……!」
「ただでさえ藍華のことで頭痛いのに、和希のストレス発散まで僕の工場に押し付けないでよ。だから意地でもその日のうちに直してやろうって気合い入れたの!」
楓の見えない圧と、幼馴染の鬱陶しい愚痴。
その二つが、稀昭の作業速度を限界まで引き上げたらしい。
「……悪かったよ。でも、おかげで最高の朝だ」
和希はにやりと笑い、腰をかばいながらいったん車を降りた。稀昭が運転席から出てくるのを待ち、自分の特等席へ滑り込む。
両手でステアリングを握った瞬間、それだけで身体の奥に熱が戻ってくる気がした。
「テストラン、行くぞ」
――――――
稀昭が助手席に乗り込んだのを確かめ、和希はキーを回した。
M16Aが一発で目を覚まし、健康的なアイドリングを刻み始めた。
その音だけで、気分が高ぶる。
アクセルを軽く煽れば、聞き慣れたマフラー音が胸の奥まで真っ直ぐ届いた。
これだ。
やっぱり、これがいい。
和希はバックへ入れ、工場を出る。
月曜の朝。見慣れた郊外の道なのに、スイフトの運転席から眺めると、久しぶりに走る道のように新鮮だった。
軽くアクセルを踏み込み、クラッチを切る。
そして、あのリエゾンで砕け散った因縁の2速へ、シフトノブを押し込む。
――スコッ。
「おおお……ッ!」
弾かれない。
嫌なギア鳴りもない。
吸い込まれるように2速が入り、そのまま加速が途切れず繋がっていく。
「どう? シンクロ新品入れたから、ちょっと硬いかもしれないけど」
助手席で、稀昭が少し得意げに言う。
「最高だ……! 軽トラの直角シートで死にかけてた腰に、この加速が染みる! なまらスムーズじゃねえか!」
3速、4速。
パルクフェルメへ満身創痍で辿り着いたあの日が嘘みたいに、青いスイフトスポーツは綺麗な息継ぎでアスファルトを蹴っていく。
エンジン。
足回り。
ミッション。
すべてが、和希の意思へ真っ直ぐ応えてくる。
「ありがとな、稀昭。これで来月、戦える」
ステアリングを握る和希の口元は、もう緩みっぱなしだった。
代休の月曜の朝。澄み切った青空の下で、和希の戦場はもう一度、静かに動き始めた。




