第6話 ラリー馬鹿たち
深夜の静かな住宅街。
サスペンションの死んだぼろい軽トラが、上山邸の前でガタガタと音を立てて停まった。
「……ほら、着いたぞ。さっさと降りろ」
「言われなくても降りるし。あーあ、最悪なドライブだった」
悪態をつきながら、藍華が助手席のドアを開ける。
冷たい夜風が車内に流れ込み、和希は痛む腰をかばいながら小さく息を吐いた。
バタン、とドアが閉まる直前、和希は声をかける。
「藍華」
「なに」
「免許取ったら、ラリーセミナー出てみろ。ペースノートとか、ラリーのルールとか、一通り学べる」
藍華は少しだけ目を丸くし、すぐに不満そうに口を尖らせた。
「なんでそれ先に言わなかったんだよ。金の話ばっかしてさ。性格悪」
「……先に現実を教えといてやったんだよ」
「知らなくていい現実ばっかだった」
「そうかよ。……あ、涼音ねーちゃんによろしくな」
「ん」
藍華は短く返事をすると、それ以上は何も言わず、少し乱暴にドアを閉めて玄関へ向かった。
生意気なくせに、どこか満更でもなさそうな背中が家の中へ消えていく。
それを見届けてから、和希は再び軽トラを1速へ入れた。
「……さてと。俺のフィニッシュまで、あと少しだ」
一人になった車内。
容赦なく腰を抉る軽トラの振動に顔をしかめながらも、和希はアクセルを踏む。
向かう先は、街外れの修理工場。
そこには、腕の確かな幼馴染と、組み上がりつつある青い相棒の心臓部が待っている。
痛みをこらえながらも、和希の口元には自然と笑みが浮かんでいた。
――――――
地獄の軽トラドライブを終え、和希はようやく修理工場へ辿り着いた。
エンジンを切り、悲鳴を上げる腰をかばいながら、這うように軽トラを降りる。
深夜の工場は、水銀灯の白い光に照らされていた。
だが、藍華を迎えに出る前まで響いていたコンプレッサーの唸りも、工具の金属音も、今は聞こえない。
「おーい、稀昭。藍華、送り届けてきたぞ……っ、いてて」
腰をとんとんと叩きながらピットへ足を踏み入れた和希は、思わず目を見張った。
ピットの中央。
数時間前までミッションを降ろされ、リフトに載っていた青いスイフトスポーツが、もう四輪でしっかりとコンクリートを踏んでいた。
「……マジか。もう終わったのかよ」
いくらプロでも、一人でここまで仕上げるのは早すぎる。
和希は驚きながら周囲を見回した。
「稀昭?」
返事はない。
乱雑な事務所のドアを開けても姿はなく、ストックヤードを覗いてもいない。
腰をかばいながら工場をひと回りしても、やはり見つからなかった。
「どこ行ったんだ、あいつ……」
首をひねりながら、和希は再び愛車の前へ戻る。
戦いの傷跡を残したままの青いボディ。
それでも、無事に立ち上がった相棒の姿を見るだけで、土方仕事と軽トラの直角シートで限界だった身体に、ほんの少しだけ力が戻ってくる気がした。
「とりあえず、軽トラのシートで砕けた腰を、こいつのフルバケでホールドさせてくれ……」
和希は吸い寄せられるように運転席へ近づき、ガチャリとドアノブを引く。
「よし、よっこいしょ……って、うおっ!?」
そのまま乗り込もうとして、和希は固まった。
和希の特等席――体をがっちり包み込むフルバケットシートに、油まみれのツナギ姿の男がすっぽり収まり、穏やかな寝息を立てていたのだ。
「……稀昭」
手にはウエスを握ったまま、完全に夢の中だ。
作業を終え、運転席に腰を下ろしたところで力尽きたのだろう。
一般人には窮屈なだけの椅子でも、深く腰を落とせば全身をきれいに支えてくれるフルバケは、意外と寝心地がいい。
それを知ってか知らずか、稀昭は和希の相棒に抱かれるように、無防備な顔で眠っていた。
「……お前も、立派な馬鹿だよ」
和希は小さく呟き、そっと後席のドアを開けた。
スペアパーツ箱の中から、楓が放り込んでいた薄汚れたブランケットを引っ張り出し、運転席で眠る稀昭の肩へ静かにかける。
「ありがとな」
そう言って、和希はゆっくりとドアを閉めた。




